通り雨のあと、空を見上げてみれば
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:イマムラカナコ(ライティング・ゼミ通信限定コース)
普段聞かないドスの効いた声に、娘も私も凍り付いた。
私は頭が真っ白になり、ハッと我に返った夫は部屋を出ていった。
娘が私を慰めてくれたが、私は初めての夫の怒鳴り声に茫然としていた。
きっかけは些細な、お互いの勘違いだった。
娘を交えて、話し合いをしていた時だった。
「離婚」
この二文字が頭にちらついた。
怒鳴られたくらいでと思われるかもしれないが、それほど私にとっては衝撃的なことだった。
夫のあんな声は聞いたことがなかった。
いつも穏やかで優しい笑顔の夫が、急に怖くて遠い人に思えた。
またいつ怒鳴られるかもしれないと思うと、今まで安心していた分、身が竦む思いがした。
安心できること。
何を言っても(悪いことでなければ)受け入れてもらえること。
私が、結婚して夫からもらったものだ。
結婚前の私は息苦しかった。
私の母は、娘に罪悪感を植え付けるのが上手い人だった。
母が思うような受け答えを望まれたし、そうでないと不機嫌になるのが嫌で合わせることが多かった。
自分が望むストーリーにならないと、被害者のように振る舞われるのもいつものことだった。
悪い人ではない。むしろ他人にはいい人と思われている母。
だが、私は虚しかった。
一番寄り添って欲しい母に、ありのままや現実を受け入れてもらえないことに。
それなのに、母が望む理想の娘を演じなければならないことが情けなかった。
喧嘩をすれば、自分が更に傷つくのが分かっているから、波風を立てたくなかった。
思えば、夫との結婚は、私にとっての救命ボートだった。私は、自分では浮上できない海から夫に救われた気がしている。
何故夫と結婚したのかと娘に聞かれたとき、思いついた答えは「自分らしくいられるから」というものだった。
夫は、決して私の話を否定しない。辛抱強く最後まで話を聞いてくれる。
自分とは意見が違っても、一旦は受け入れる。
こんなこと言っても大丈夫かなと、怖がらずに言うことができる。
冷静に意見を言ってくれる。
その雰囲気に居心地の良さを感じて、私も安心して腹の内を晒すことができた。
結婚して20年近く。
お互いに「ありがとう」の気持ちを伝え合う方だと思う。
ちょっと言い争いのようになることはあっても、ピリピリした雰囲気になると夫が耐えられず、自分が言い過ぎたと謝ってくれることが多かった。
相手から謝られれば、こちらも悪いところがあったかもと反省し自分の非を認めることができる。
そう言った意味では、夫は上手に夫婦の舵を取ってくれているのかもしれない。
夫に怒鳴られた後、3日間くらいまともに口をきけなかった。
今までの夫のイメージが、私の中で曖昧になっていた。
ひょっとして、今までいろいろ我慢して爆発したのではないのか?
正直、またあんな姿を見せられたら怖い。
また怒鳴られるのではないかと、安心して話せない。
その夜、夫がちゃんと話をしようと持ち掛けてきた。
気持ちの整理がつかない私は、きちんと話ができるか不安だった。
すると夫は、自分が100%悪かったと謝ってきた。
恐る恐る、私が不安に思うことを夫に言ってみた。
それを聞いて、ひたすら自分が悪いと謝ってくる夫に対して、何だか涙が出た。
それから1ヵ月ほどが過ぎた。
お互いに相手の出方を見る感じで、探り探り会話をしていたけれど。
会話に困った時には、娘の話かウチで飼っているワンコの話をすると、夫との雰囲気が和む。
そう言ったことを繰り返しながら、今までの軽口をたたける関係に戻りつつある。
今まで、夫のことは分かったつもりでいた。
夫とはこういう人間で、こう行動することが当たり前と思い込んではいなかったか?
夫だって人間なのだ。
仕事で辛いときもあるだろうし、私に心配をかけまいと余計なことを言わないでいるのかもしれない。イライラすることだってあるだろう。
私が、夫に寄り掛かりすぎていたのかもしれない。
今回のことは、夫との関係を考える良い機会になった。
「大丈夫」
その言葉を、夫はよく口にする。
何が一体大丈夫なのか、心配性の私は、夫の根拠のない「大丈夫」が、不思議で仕方がない。
でも、私は、根拠のない夫の「大丈夫」に支えられて生きている。
何かあってもそう言って、おおらかに受け止めるところに安心して、私は「この人なら」と思えたのではなかったのか。
何かあっても、まだ一緒にいようと思えるのならば、まだ離れる時ではないのだろう。
夫婦といえども、元々は他人。
関心があることも、興味があることも違う。
けれど長年一緒にいるからこそ、お互いの得手、不得手も分かっているし、補うべき所も見えている。
今回の件が、後にそんなことがあったねと、人生の通り雨のように思える日が来る気がしている。
通り雨が過ぎれば、共に明るい空を見上げることもできるだろう。
長い人生、時には土砂降りに見舞われるかもしれない。
その時は、二人で上手に雨宿りができるようになれればいい。
そして、私が夫に救われたと感じたように、たまには、私が夫を助けることができるならばいいと思う。
***
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