暴力スポーツ指導の共犯者はどこにいるのか?
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記事:たまっくす(ライティング・ゼミ日曜コース)
本当なら今頃は、東京オリンピックが大盛況のうちに終幕し、その興奮が冷めやらぬなかで、8月25日に始まる東京パラリンピックの開幕をワクワクしながら待っているはずだった。それが新型コロナウイルスの影響により、1年後への開催延期が決まった。
スポーツの好き・嫌いの度合いは人それぞれだが、このスポーツイベントはその規模の大きさからか、普段、スポーツ嫌いを公言している人でさえ無視できない特別なイベントとして広く認知されている。
先日、そんな特別なイベントの開幕を心待ちにする多くの人たちが冷や水を浴びたような思いをした。国際人権団体として高名なヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)が、「数えきれないほど叩かれて」と題した日本のスポーツ指導における暴力・ハラスメントの実態に関する報告書を発表したのだ。
オリンピックやパラリンピックの現役選手、元選手を含む800人以上がこのアンケート調査に答え、日本のスポーツ指導の現場でおこなわれてきた(いる)体罰・暴力の実態が明らかにされた。
報告書のなかでは、コーチにあごを殴られて口から血を流しながら、シャツの襟をつかまれて身体を持ち上げられた元高校野球選手の体験談や、コーチから殴られて鼻の骨を折るチームメイトや熱いコーヒーをかけられている相手校の選手を目撃した元高校女子バスケ選手の体験談などが赤裸々に記載されている。
スポーツ指導の現場における暴力やハラスメントによる悲惨な事件は時代を超えて課題視されながら、今でも状況は変わらず、未だに断続的に報道を賑わせる。本報告書でも象徴的な事件として紹介されているのが、大阪府の高校バスケットボール部の男子部員による自殺事件だ。顧問から連日繰り返し受けた暴力を苦にして17歳の少年が自ら命を絶ったのが2012年。ロンドンオリンピックが開催されたその年、女子柔道日本代表監督が、国の強化選手らに暴力を振るったとの告発を受け、辞任した。
これらの事件を受け、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を計画していた当時の政府や主要スポーツ統括団体は開催国としての適性を示す意図もあり、「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」を発表し、暴力指導の排除を誓った。しかし、本報告書をみても明らかなように、スポーツの指導現場における暴力は根絶とは程遠い状況にある。
もちろん、すべてのスポーツ指導者が暴力で子どもたちを従わせるわけではない。自分自身が現役時代に暴力指導を受けた被害者でありながら、自分の教え子には暴力を振らないどころか、わかりやすい言葉と真摯な態度で接し、粘り強い指導をおこなうすぐれた指導者も数多い。
一方で、「言葉で何度言っても理解しないから」「ミスした事実を身体に刻み込ませて同じミスをさせないため」「練習で地獄を見たやつはプレッシャーがかかる本番で動じなくなる」などの独自の指導哲学や経験則をもとに暴力指導を正当化する指導者も未だに存在する。
こうした暴力指導者の存在が報じられるたびに、Web記事の投稿欄やSNSには、当該の指導者を批判するコメントが乱舞する。まさに社会全体が「一億総ツッコミ状態」と化す。
しかし、そうした批判コメントの書き手は、報じられた暴力指導者が「主犯」なら、自らはその「共犯者」であるという自覚はない。暴力指導者はたった一人で悪行を働く、救いようのない根っからの悪人だ、と誤解している。
これは私の持論だが、暴力指導を容認する環境(空気といってもいい)は暴力指導者一人だけでつくることは不可能である。必ず、そこに共犯者がいる。この空気をつくる共犯者は自らが手を下すわけではないので、暴力行為の有無を調査する第三者調査委員会の検証にもひっかからず、特定しづらい。
たとえば、「監督、うちの息子は要領も頭も悪いので、どんどん厳しく指導してやってください。頭のひとつやふたつ、ひっぱたいてもらって構いませんから!」と、指導者に依頼する親は?
たとえば、「監督、社会人になって社会の厳しさを知ると、監督に厳しく(暴力)指導されたありがたみがわかります。あの時は正直、コノヤロウと思っていましたが、今は厳しく(暴力)指導してくださったことに感謝しています」と、謝辞を述べるOB・OGは?
たとえば、「今の時代は指導者もやりづらいよな。俺が学生の頃は、毎日、殴られて蹴られて、そうやって動きを覚えるのがあたりまえだったんだよ」と、飲み会で「暴力被害自慢」を披露する上司とそれを咎めず愛想笑いする部下はどうだろうか?
たとえば、「暴力行為根絶宣言? 人権団体による報告書? そんなものが出たって、そもそも指導者の数が少ない地方じゃ、暴力指導者以外の選択肢がないんだから、変わるわけないよ」と、もっともらしいコメントをWeb記事の投稿欄に書き込む自称「事情通」は?
たとえば、「暴力で教えるしか手段がない暴力指導者は指導の現場から全員排除されるべきだ!」とSNSで書き込みながら、心のなかでは「でも、体罰や暴力指導はなくならないだろうなあ」とあきらめている、あなたはどうだろうか?
共に罪を犯している自覚は上記の通り、「体罰は善」から「体罰は悪だけど無くせない」までレベルにばらつきはある。
しかし、「この国のスポーツ指導現場から暴力・体罰はなくならない。そんなことは奇跡でも起きない限り無理」とあきらめることは、自覚レベルがどうあれ、暴力指導者の共犯者であることと変わらないのではないだろうか?
だからこそ、求められるのは、スポーツ指導における暴力指導・体罰は、決して対岸の火事でも他人事でもなく、自分事だと自覚すること。そして、皆があきらめずに信じて行動すれば漫画のような奇跡は起きる、と自らに言い聞かせること。
時速160kmの球を投げながら、シーズン30本以上のホームランが打てるといわれる大谷翔平。オリンピックで4大会連続の金メダルを獲得した伊調馨。Tier1の強豪国には絶対に勝てないという前評判を覆して南アに勝利した2015年ラグビーW杯の日本代表。
スポーツの世界には「漫画のような奇跡」がどんどん起きている。だから、スポーツ指導現場の暴力を根絶するという漫画のような奇跡だって、きっと起こすことができる。大事なのは「起きる」ではなく「起こす」と信じることだ。
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