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外に出たら、夏が自分のもとに帰ってきた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:まあすけ(ライティング・ゼミ5月開講通信限定コース)
 
 
子供のころ、夏はいちばん趣のある季節だった。
 
特に強く思い出す風景は、プールでも、旅行でも、友達とのおしゃべりでもない。
クーラーをケチった実家の二階で、畳の上に寝っ転がって過ごした昼下がりの思い出だ。
大きく開け放した窓から時折吹く風でなんとか涼をとって、その窓枠から青空を仰ぐ。外では蝉がうるさい。
 
「ひまだー」
 
「ひまだー」
 
ごろん、ごろん。
 
「ひまだー」
 
たぶん時間はおやつを過ぎたころで、うかうかしているとまもなく夕方を迎える。
そうしたらすぐに夜になってしまって、またあっという間に今日がなくなってしまう。
 
そんな風にして、貴重な夏休みは、わたしの元からいなくなってしまうのかあ……。
ここには持て余した時間があるのだけど、この一瞬一瞬が過ぎていくことが惜しいなあ……。
 
そんな切なさを子供なりに抱えながら、でもどうしたら時間を止められるのかわからなくて、ごろん、ごろんを畳の上で繰り返していた。
 
この青空も、大きな雲も、夏休みでないと出会えない儚いものたちであることを、幼いなりに、明確に認識していた。
寂しいなあ。夏がいっちゃうのかあ。
 
これがわたしの「夏の風景」だ。
 
きっとみんなそれぞれに、夏の風景を持っているだろう。
どういうわけだかわたしは、楽しかった記憶でも、嬉しかった記憶でもなく、「夏が終わる」というところに時間軸の中心を据えて、そこから残っている日数を逆算し、貴重な一日一日が過ぎていくことを惜しんだ風景が、強く心に刻まれている。
 
夏の記憶がそんなんで良いのか! とつっこみたくなる。
でもそんな夏が好きだった。
だから、毎年味わいたいと思っていた。
 
だけれど、大人になると「暇であるという贅沢」を味わうことはなかなか難しくなる。
例えば高校生になってから、またこの「夏の風景」を味わいたくて、必ず一日、予定のない暇な日を作って、ごろんごろん、をしてみた。
 
「ひまだー」
 
だけど、だけどその風景は戻ってこないのだ。
ひまだー、と認識すると、その感情はだんだん、なんとなく「罪悪感」に変わってきて、
「いやいや、宿題するっしょ」
「いやいや、やっぱり友達に会った方がいいっしょ」
と、様々な感情が現れてくる。
青空とか、かすかな風とか、そういったものはただの物理的なそれでしかなくて、もっと現実的な営みが声高に脳内で語りかけてくる。
 
結局、なんか違う、と思って起き上がってしまう。
そして十分にごろんごろん、をしないまま、その夏は終わる。
 
もちろん社会人になってからは、予定のない休日がなかなかない。
予定のない休日はない休日で、「休息する」ということに忙しいのだ。
そして、そもそも夏休みがない。
なんだか慌ただしく毎日仕事に追われて、そうこうしているうちに、夏が終わる切なさという存在に出会わないまま、いつの間にか夏が終わっていることもある。
寂しいものである。
 
でもわたしは、いくつになったって、夏ならこの趣に出会いたかった。
一度、暑くてたまらない昼下がりに、この開放的な季節が今しかないものだということを噛み締めたいのだ。
そうやってしっかりと、季節を自分のものにしたいのだ。
ただ慌ただしく、日常の時間に流されるだけではなくて。
 
そんなことを考えていたら、ちょうどお盆に取り損ねた夏休みがずれて、平日にぽっかりと休みができた。
 
夫は仕事でいない。
遊びの予定もない。
やり残した仕事もない。
 
外の天気は相変わらず、すこぶる良かった。
何と無く夏を感じたくて、思いつきで一人で散歩に出ることにした。
近くのスーパーマーケットまでの道のりを、あえて遠回りをして歩いた。
散歩をしてみると、小さな発見がたくさんあった。
 
はためく洗濯物を眺める中で、「なんとなく好きだな」と思う、アパートのベランダの形状に出くわしたり。
 
渋い色、渋いフォントのかっこいい表札を見つけて、「あ、これいつか欲しい」と思ったり。
 
家の近所には意外と行き止まりが多いことに知ったり。
そして行き止まりに建つ家は、その家にしか続かない道路を持っているということに気づいて、なんて贅沢な、と考えてみたり。
 
素敵な公園や路地を見つけたら入ってみる。
近くで蝉の声が大きくなったら、この木に止まっているのかと目を凝らして探してみる。
 
ああ、この辺りに住んでしばらく経つけど、全然周りのことを知らなかったんだなあ。
そう気づくと、同時に改めて、この街に自分が住んでいることを認識した。
 
やっと木陰を見つけて、子供の声の響く公園の脇で涼むと、少しだけ、子供の頃見ていた夏が帰ってきたような気がした。
「あれ、こんな感じだったよね。探してた夏って、こんな感じだったよね!」
 
ただ風景を感じることができる。
自分で自由に時間を使うことができる。
それがとてつもなく心地良い。だけどすぐにいなくなってしまうことは知っている。
子供の頃感じていた切なさが、蘇ってくる気がした。
 
そうか、わたしにとって夏は、ひょっこりと生まれた、余裕のある時間を味わうことだったのかもしれない。
ああ、今年はしっかりと夏をつかめたなあ。
明日からは会社に行かなきゃいけない。だから今、この瞬間をしっかり味わっておきたい。
 
小さい頃、日常に戻っていくまでのカウントダウンだった夏の風景。
それは大人になって、日常から一つ肩の力を抜いて、昔の自分の感情に出会って、呼吸を整えなおす風景に変わっていたようである。
そんな、前向きさを取り戻してくれる時間だった。
 
腰を上げて、また気になる道をふらふらと歩いていくと、いつの間にか目的だったスーパーに辿り着いていた。
20分ほどの道のりを、なんと1時間半も歩いていたようだった。
 
スーパーではシュウマイの皮とひき肉だけを買って、10分で用が済んでしまった。
わたしはこのシュウマイの皮を買いに来ただけの道のりを、こんなに楽しんでしまったのか。
 
ぽっかり生まれた夏休みで、わたしは夏に、季節に追いついた。
ここで自分を取り戻して、そして、明日からまたせわしなく生活していくだろう。
 
大人になったって、こんな風に季節を感じて生きていきたい。
理屈では説明できなくても、ただ心地良いと思う瞬間に、身を置いていきたいなあ。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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