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俺とお母さんの9年間


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:谷津智里(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
 
 
9年間、送り迎えを続けてきた。
息子は6歳の秋から、男子新体操を習っている。
今年は中3で、11月の大会が終わったらクラブチームを引退する。
 
最初は、幼稚園だけでは体力を持て余して夜中まで走り回る息子に、外で体力を消費して欲しかっただけだった。見学に連れて行くとすぐに、同じ年頃の子に混じって一緒に飛んだり跳ねたりし始め、指導者の先生から「今日の分は保険が効きませんがいいでしょうか?」と念を押されてしまった。
 
それから9年間、最初は週2〜3日、小学4年生になってからは週5日以上、車での送迎を続けてきた。まさに雨の日も、風の日も。雪にも、夏の暑さにも負けず。
 
私が子どもの頃は両親が忙しかったし、電車が便利なところに住んでいたのもあって、習い事には自分で行って自分で帰っていた。だから自分が親になって、二人三脚で息子のスポーツを支える日が来るなんてイメージしていなかった。
 
よく調べもしないで直感で飛び込む私が悪いのだけれど、最初は衣装づくりに苦労した。男子新体操は女子と違ってマイナースポーツなので、既製品の衣装が売っていない。
幼稚園の手さげカバンやコップの袋だって既製品で済ませた私が、まずはミシンを買うところからスタートして、伸縮性のあるレオタード用生地というものがあるのを知り、それを縫うにはやはり伸縮性のある糸を使わなくてはならないことを知り、スパンコールやラインストーンやレースのモチーフを買い集め、ネットで衣装の画像を検索しながらああでもない、こうでもないと、夜な夜な裁縫をする。そんなこと、誰が想像しただろう。
 
周りのお母さんとの付き合いも、最初はうまくいかなかった。先述のように、私自身は自分で行って帰って完結する習い事しかしていなかったから、親同士が協力して子どもたちを支える感覚なんて持っていなくて、特に仲良くなる必要があるとも思っていなかった。だから送り迎えするだけでおしゃべりの輪に加わらずにいたら、他の人は知っているのに私は知らないことがいろいろと出てきてしまった。嫌な思いをしたこともあったけれど、まあ仕方がなかったと思う。学年が上がって出場する大会が増えて、輪の外にいた私も少しずつ周りの人と話ができるようになり、だんだんと「仲間」になっていった。
 
最初は年に1度だった出場大会が3度になり、4度になり、中学生では年に11回もの試合に出場して、トロフィーや表彰状をもらうようになった。
泊まりがけの遠征も多くて、年度の最初にまず、新体操の大会日程をチェックして、最優先で土日の予定を確保し、空いたところに仕事や家族の予定を入れる。
練習日程は前月の月末まで出ないし、土日に練習が無いことは滅多に無いから、家族旅行なんてほとんどできず、遠征先で美味しいものを食べるのがせめてもの楽しみだった。
 
送迎の車の中では、息子といろいろな話をした。
新しい技ができたと興奮して話してくれる日もあったし、嫌なことがあって私に八つ当たりしてくることもあった。衣装や使用曲の相談もしたし、「うまくいってよかったね」と喜び合う日もあれば、後部座席で泣いているのをじっと黙って見守る日もあった。
高学年になるとあちこち痛くなったり怪我をすることもあり、整形外科や接骨院への付き添いも加わって、いつもいつも後ろに息子を乗せて走り回っていた気がする。
 
9年続いたそんな日々がついに終わりを迎える、集大成、のはずの、今年。
新型コロナウィルスの感染拡大で、最後の発表会も、全国大会も、吹っ飛んだ。
 
練習が無かった3月から5月、私も息子も、妙に楽で、どうにも手持ち無沙汰な夜をいく晩も過ごした。夫のお下がりのギターをいじってみたり、友達とオンラインゲームをしてゲラゲラ笑う息子と、私はあまり話すことがなくなった。
 
6月になり練習が再開すると、クラブチームのOBで現在はパフォーマーとして活躍する先輩が、世代をまたいだオンラインでの発表会を企画してくれた。その企画のおかげで息子は、去年まで長く同じ時間を過ごして来た高校生の先輩たちと一緒に練習ができるようになった。
嬉々として練習に通う息子を見て、私は心底嬉しかった、のだけれど。
 
ある日、忘れられない喧嘩をした。
 
そのオンライン発表会用に、LINEの連絡グループがあるらしいから誰か先輩に招待してもらったら、と私が気軽に言ったのが発端だった。一つ上の高校生の先輩が招待してくれたLINEグループが、息子が参加してはいけないグループだったのだ。
 
息子は怒られたわけではなかったのだけれど、先輩が怒られて、自分も「やらかしてしまった」とショックを受けたらしい。矛先は私に向けられた。
息子はすごい剣幕で私を責めた。先輩が怒られたのも、LINEグループの他の先輩に迷惑をかけたのも、自分が恥を書いたのも、全部私が悪いと言う。
 
私はとりあえず謝ったけれど、反省が足りない、と言われた。
私が知ることのできない範囲で起きたことだったし、良かれと思って言ったことだったので、それ以上責められることには釈然としなかった。
「今はこの発表会が俺の全てなんだ!先輩とやれる機会なんだ!なんでそれが分からないんだ!最低だ!」
そう私を責め続ける息子の中に私は存在していない気がして、私は大人気なく拗ねた。
15歳だから、親よりも先輩のことが大事なのは頭ではわかる。
だけど、だけどね。
 
口をきかない時間がしばらく続いた後、私はどうしても抱えきれなくなった想いを息子にストレートに告げた。
「あんたにとって大切なものだから、私にも新体操は大切なものになったんだ。でもあんたに私の9年間を否定されたら、私は新体操なんて大っ嫌いになる」
息子は、ただじっと黙っていた。
 
翌朝、「今日、帰って来たら俺の気持ちを話すから」と言い残して息子は学校に出かけた。
少しドキリとしたけれど、昨日までの剣幕を考えると私はまったく良い想像ができず、その日も一日暗い気持ちで過ごした。
 
でもその夜、息子はちゃんと、私を救ってくれた。
私の前に正座した息子はこう言ったのだ。
「俺の9年間は俺だけのものじゃなく、俺とお母さんの9年間だったと思ってます。お母さんの気持ちを考えれなくてごめんなさい。これからもよろしくお願いします」
 
しばらく前に私の背を越した息子は、年齢相応の生意気盛りである。
親の言うことなんて適当に聞き流すし、やってもらって当たり前という態度が鼻につくこともある。
それでも送迎の車の中には、私たち2人にしか分からない空気が流れている。
ずいぶん多くの時間を積み重ねながら、この空気はじわじわと濃くなった。
たまにぶつかっても、口では文句を言っていても、私たちは残り少なくなったこの時間を、黙って愛しんでいる。ボールのように跳ねていた少年が、シートにおさまりきらなくなって車から出て行く日がもうすぐやってくるのを、お互いに感じとっている。
その日が過ぎても、この空気が車内に満ち続けるように、この空気が、もっと少しでも濃くなるように、私は運転席で慎重に、慎重に呼吸している。
 
春になったら先輩たちと同じ高校に行くために、彼は受験をする。
クラブチームを引退する11月までまだもうしばらく、私たちには時間がある。
あと、3ヶ月だ。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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