メディアグランプリ

愛を伝えたかった2020秋 ありがとうメトロ食堂街


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:シマザキ キミコ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
告白に失敗した。
 
40歳を過ぎても、やはり私はヘタレなままだった。
昔は傷つくのが怖くて、おいそれと告白なんてできなかったが
35歳を超えた頃から誰かに愛情を感じたら、恥ずかしがらずに積極的に言葉にしていこうと、度々胸に刻んでいた。
せっかく歳を重ねて図太さを手に入れたのだから、好きな人がいたらヘラヘラと告白してしまえ! と常々考えていたのだ。
 
それなのに……
 
私が告白に失敗した相手、
それは新宿駅にある『メトロ食堂街』の『万世のパーコー麺』というお店だった。
(後で調べたら、正式には『万世麺店』というらしい)
8月下旬、なんの気無しに見ていたTwitterで、この9月末で『メトロ食堂街』が閉館するということを知った。
 
メトロ食堂街とは、新宿駅のJR西口改札と地下鉄丸ノ内線改札のちょうど間くらいの位置にある非常に庶民的な空気感のある食堂街だ。
 
コロナで東京には半年近くも足を運べていない。
もしかして、このままお別れですか????
と、その時はとても悲しい気持ちになったのだが、9月中旬にたまたま都内に出る用事が出来た。
 
その帰り道(これが私の最後のパーコー麺になるだろう)と私は一人、お店の前にやってきていた。
 
パーコー麺とは、豚肉を竜田揚げのような衣でからりと揚げて、ラーメンあるいはつけ麺の上にトッピングした麺である。
20年以上前、初めて母に連れられて『メトロ食堂街』で食べたのが、このパーコー麺だった。
そのあまりの美味しさに私は感動し、全市町村にこのパーコー麺のお店ができればいいのに、と、願うほどだった。
 
私は「パーコーつけ麺並盛」「追加メンマ」「追加味玉」と、いつもよりフンパツ気味の食券を購入し、店内に足を踏み入れた。
時刻は夜7時半近く、お店は7割ほどの席がお客さんで埋まっていたが、カウンター席は余裕があったのですぐに案内してもらえた。
 
あと2週間ちょっとで閉館。
私以外にも、これが最後だと思って食べにきている人がいるに違いない。
近くのテーブル席で食事をしている、小さな子供連れの家族を見ては一人勝手にその背景の物語を想像してしまう。
 
(やっぱり、人気のお店なんだよなぁ……)
いつの間にか、入り口にはウェイティングの列ができ始めていた。
店のどこかに移転の案内が無いか私は挙動不審にならない程度に目を凝らした。
しかし、それらしきお知らせは見当たらない。
 
(ああ、やっぱり無くなってしまうのか)
 
万感の思いが胸にこみあげる。
 
考えてみれば足掛け20年以上も通い続けたお店なんて他にあっただろうか?
一人でサッと夕飯を済ませたい時や、仕事で落ち込んだ時、結婚する前の旦那と一緒に……、考えてみたら相当にリピート率は高かった。
 
ホールで接客している女性スタッフも、めちゃくちゃ愛想が良いとは言えないが、
いつもキビキビとお客様第一の姿勢が伝わるような気持ちのよい働きぶりで、それを見ているのもとても好きだった。
 
この美味しいパーコー麺にも、一方的に好感を抱いているホールの女性にも、これで会えなくなるかもしれない。
 
感謝を、伝えなくては……!
 
そうは思うのだが、次から次へと来るお客さん達をテキパキとさばくスタッフに声をかけるタイミングが見つからない。
 
(いざ、麺が運ばれてきたタイミングで……)
 
私は、見事に話しかけそびれた。
 
そもそも閉館2週間前に、一人で勝手に盛り上がっているという自覚はある。
周囲にばれない程度に、涙ぐみながらパーコー麺をすする。
いつも通りとても美味しい。
最後だからと、調子に乗ったトッピングのせいで、途中でかなりお腹いっぱいになってきた。
 
(でも、絶対に残すものか!)
 
気合を入れて食べる。器の底が見えた。
綺麗に食べ終えて、やはり女性スタッフの様子を伺うが、隙がない。
私も飲食店のサービススタッフの端くれ、忙しい時にリズムを乱されるのは迷惑になってしまうことは承知している。
 
ノロノロと荷物をまとめ始める、が、タイミング悪く女性スタッフは店の奥へと引っ込んでしまった。
 
(ああ、完全に機を逸した)
 
お店を出る最後の一歩まで未練たらしく歩んでみたが、ついに私はスタッフの方に話しかけることができないまま、店を後にしていた。
 
不甲斐ない。
なんという体たらくだろう。
私は、心の中で感謝を何度も唱えていた。
 
(ありがとう、ありがとう、ありがとう……)
 
意気地なしの自分を残念に思いながら、お店を数歩でたところで
「ありがとうございましたー、またお待ちしてまーす」
という声がかけられた。
 
(お姉さん、ごめん。私家が遠いからもう来れないんだ……)
(本当にありがとう、お姉さんの接客も大好きだったよ………)
 
帰りの電車では、小さな恋が終わったかのように切ない気持ちでいっぱいだった。
帰宅してから夫に自分の不甲斐ない様を聞いてもらい、夜寝る前にもベッドの中で改めて、自分の勇気のなさを悔いていた。
 
(愛情や感謝は、伝えられる時に伝えないと、一生伝え損ねたままになっちゃうのに……)
(でもまだネットで検索すれば、あのパーコー麺がどこかで食べられるかもしれない……)
 
私は、『メトロ食堂街』のホームページをスマホで開いた。
すると「〇〇年ありがとうございました」の文字の下に小さな注意書きを見つけた。
 
『※肉の万世、万世麺店、永坂更科布屋太兵衛は除きます』
 
え?
 
え? え? え?
 
一瞬、本気で意味がわからなくなり、リアルに三回読み直した。
 
「……なくならないんだ」
 
スマホの画面を見つめながら
喜びの気持ちと、
片思いに区切りをつけようと思ったのに、まだ好きでいていい、と告げられたような肩透かしの気持ちと、
オバさんにありがちな良く下調べもせずに思い込みで突っ走ってしてしまう暴走を、紙一重で回避できた気恥ずかしさと、
いろんな思いがこみ上げてきた。
 
人生で、告白に失敗してよかったと、はっきり断言できるのは
後にも先にも、これ一回きりかもしれない。
 
そんなわけで、『メトロ食堂街』は閉館しましたが、
新宿駅西口ではこれからも美味しいパーコー麺が食べられます。
 
***
 
 
 
 
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2020-10-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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