メディアグランプリ

漢(おとこ)のケンカ必勝法(電車の車内編)


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記事:たまっくす(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「俺は、あと何件か決裁書類確認してから追いかけるから、先に店行って、席とっておいてくれ。2~3人声かけるから、4~5人座れる席な」
 
20数年前、最初に新卒で入った会社で、私がひそかに「漢(おとこ)先生」と呼んでいたY部長はそう言った。漢先生は、50代半ば。役職定年まであと数年という広報部長だった。
 
私は、「はい、わかりました」と言ってオフィスを出て、徒歩数分で着くいつもの居酒屋に入り、「4人です。あとの人たちはもうすぐ来ます」と店員さんに告げ、4人席に座った。
 
案の定、15分経ち、20分経っても一向に漢先生は現れない。お客さんも増え、店員さんたちも、4人席を一人で陣取る私をチラチラ見始めている。何より、両隣の席でグループ飲みする人たちの憐れむような視線が痛い。そもそも、会社に入って数か月の若造は、こんな時、先輩を待ちながらビールを飲み始めていても良いものなのか? 悩んでいるうちに、テーブルの上のジョッキ入りの水が汗をかき始めた。
 
入店から30分近く経った頃、店の外が良く見える大き目の窓に、漢先生の姿が見えた。もちろん、一人だ。私は「こんな早い時間に2~3人もついてくるはずないんだよなぁ」と、独り言を言いながら、それでも、ようやく周りからの視線から解放される安堵もあって、ほっとした気分になった。
 
その瞬間、
「ドガガガーン!」あるいは「ゴギャギャギャーン!」と聞こえる、すさまじい音が店の入り口方向から聞こえてきた。
 
数名の女性店員が、「だ、大丈夫ですか?」と、叫び声にも似た大声をあげて、入り口方向にかけ寄せる。
 
「いやぁ、大丈夫、大丈夫。はっはっは」と、漢先生。
 
少しでも早く飲みたい気持ちが抑えきれず、自動ドアにしたたかにおでこをぶつけたのだった。ひきつった笑顔を見せてはいるが、おでこは見事なまでに赤く、そして腫れ始めていた。さっきまで心配そうな声で駆け付けた女性店員たちは、一様に下を向いて笑いをこらえている。私の両隣の席に座る人たちも、先ほどまでとは別の意味の憐れみの視線を投げかけてきた。
 
漢先生は私を見つけると、まっすぐにテーブルに向かってきた。
そして、席に座るなり、私に、
「漢ってのはなぁ、ちょっとやそっとのことで動じてちゃダメなんだよ! わかるか?」と、指導してくれた。彼のおでこは、見たことのないような複雑な色に変わっていたが、挑むような目つきで私をにらみつける迫力に押され、私はただ「はい」と言うしかなかった。
 
おそらく、オフィスの出がけに何人かに声をかけ、見事にすべての人に断られたのだろうが、そんなことはおくびにも出さず、彼はいつもの「漢道レクチャー」を私に浴びせかけてきた。
その日のレクチャーは、「電車内でのケンカ必勝法」だった。
 
「先週の土曜だったかなぁ、大学生の娘と、上野のデパートに買い物に出たんだよ」漢先生の自宅は松戸にあった。
 
「お前もそのうちわかるけど、娘の買い物になんか付き合っちゃダメだぞ。さんざん振り回した挙句、ちっとも買いやしないんだから」
 
「帰りの電車が、そこそこ混んでてな。俺も、さんざん引きずり回された後だったし、ウトウトしちゃったんだよ。
しばらく経って、隣に座っている娘が俺の脇をひじでつつくんだ。それで目を覚ましたんだが、なんとなく、車内の雰囲気がおかしいなって思ったら、目の前に立っているヤンキー風のお兄ちゃんが、隣に立っている若い女の子をしつこく誘ってたんだよ。程度の低いナンパ。しかも、明らかに酔ってんだよ」
 
「娘がさ、『パパぁ……』なんて、心細そうな声を出すもんだから。俺も、めんどくさかったけど、そのヤンキーに、『おい、君、しつこいぞ。そのお嬢さんも嫌がっているじゃないか。やめなさい』って言ってやったんだよ。そしたら、『なにぃ? うるせぇ! おっさんは黙ってろ! 関係ねぇだろ!』なんて息巻くもんだから、こっちも引けなくなってな。『いや、黙らない。ほかのお客さんも迷惑に思っているんだ! やめなさい!』って言ったら、『おう! そこまで言うなら、てめぇ、次、降りろや! ここじゃ狭めえから、やれねぇだろ。次で降りろ! やってやっから!』ってきたから、『よし! わかった! 付き合ってやるから、もう、そのお嬢さんには絡むな!』って言ってやったのよ」
 
「隣に座る娘が心配して、『パパ、もうやめて、無理しないで』って言うから、『パパは無理なんかしてないよ。ただ、間違ったことが許せないだけだ。すぐ終わるから、お前は先に帰ってなさい』って言って安心させたんだ。そんな会話を聞かされたヤンキーはますます怒って『てめえ、大物ぶるのもいい加減にしろよ! この野郎!』なんてキャンキャン言ってるわけよ」
 
「それで、どうしたんですか?」
 
「次の駅に着いたらよ。そのヤンキー、他の客押しのけて、真っ先にホームに飛び降りていったんだよ。そんで『おい! こら! 早く来い!』なんて怒鳴っているわけ。
 
俺は、やおら立ち上がり、くるりと振り向いて、網棚のうえに乗せておいたカバンに手をかけながら、『えーっと、メガネ、メガネ……』って、メガネを探すふりをし始めたんだ。ものの2分もしないうちに発車ベルが鳴って、ドアが閉まって、はい、それまーでーよー」
 
彼は、得意満面な笑顔を見せながら、そこで生ビールをぐっと呷った。
 
私は、いったい今まで何を聞かされたのか? と思い始めていたが、かろうじて、
「それで、どうなったんですか?」と言葉を絞り出した。
 
「娘がさ、『パパ、すごいね!』なんて言うからさ、『パパはすごくなんかないよ。間違ったことが許せなかった。ただ、それだけだよ!』って答えたよ」
 
彼はなぜか、「ただ、それだけだよ!」の部分をひときわ大きな声で話し、周りの客の反応をうかがうように目をきょろきょろとさせた。
 
おでこはますます大きくなっていた。
 
「漢の必勝法ってのはなぁ。戦わずして勝つ! これに尽きるんだよ。そういや、俺がまだ学生だった頃の話だけどな……」
 
私は、自分が漢道を極めるのはまだまだ先の話だな……と思いながら、完全に酔いの覚めた頭で終電までの時間を計算し始めた。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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