メディアグランプリ

チョコパイが生んだヒエラルキー


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記事:もやし(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
わたしは衝撃を受けた。
お菓子にも買える身分と買えない身分のものが存在することを。
 
それはクラスの友達の家に遊びに行ったときだった。
彼女は一人っ子で両親からとても可愛がられていた。家は立派な一軒家で、彼女の部屋には花柄のカーペットに勉強机とぬいぐるみを敷き詰めた大きなベッドがあった。リビングには見事なグランドピアノが置かれていて、毎週先生がピアノのレッスンに彼女の家に来るそうだった。服はほとんどワンピースを着ていることが多くて、髪はお母さんがおだんごやみつあみに結ってくれていた。
わたしたちの間ではまさに「お嬢様」と呼ばれていた彼女だった。
そんな彼女のお母さんも綺麗でとても優しく、おやつの時間には手作りのケーキかクッキーなどを出してくれる。ただその日はたまたま用意する時間がなかったらしく、市販のお菓子を出してきてくれた。
「ごめんなさい。今日はちょっと時間が無くてスーパーで買ってきたの」
バスケットに入っていたのは個包装のお菓子ばかり。スーパーとはいえ、選ぶお菓子も上品さを感じた。
その中でわたしの目を奪ったものがあった。
それは光沢のある茶色い包装で包まれており、他のお菓子よりサイズが大きく厚みがあった。包装にはアルファベットで「CHOCOPIE」と書かれていた。初めて見るお菓子だ。わたしは中身の見えないその「CHOCOPIE」がどんなものか想像を巡らせた。
「あ、チョコパイ買ってきてくれたの?ありがとうお母さん!これとっても美味しいんだよ」
 
チョコパイ
 
確かに「CHOCOPIE」の上にそう書かれていた。個包装されているチョコで知っているのは、たまに母が買ってくる一口サイズのお徳用チョコくらいだった。
でもこれはチョコにパイがついている。わたしは手を伸ばしてそのチョコパイを取った。ふくらみがあってやわらかい。彼女のお母さんが冷蔵庫に入れていたらしく少しひんやりとしていた。袋を開けるとチョコに包まれた丸いケーキが出てきた。
わたしはすぐに口に入れた。するとコーティングされたチョコのパリッとした食感のなかにスポンジとあいだにはさまれたクリームの甘さが口の中いっぱいに広がった。
 
世の中にこんな美味しいお菓子があるなんて!しかもスーパーで売っているならだれでも買えるじゃないか!
 
わたしは家に帰ると母に今度一緒にスーパーに行きたいとお願いした。ちなみにこういう時は「なんかほしいものがあるな」と母は勘づく。事実その通りだ。
 
次の週末にわたしは母と一緒にスーパーへ行った。到着するとすぐにお菓子コーナーへ目掛けて走りお目当てのチョコパイを探した。
チョコレート菓子系のなかを見回すと、中段あたりにチョコパイはあった。透明な袋で簡易的に覆われているその他のお菓子とは違い、チョコパイは紙の箱に入れられていた。デザインはあの日に食べた丸くて品のあるケーキが写真になっていてすぐにわかった。
わたしはあの時の味を思い出しながら満面の笑みで取り出そうとした。
 
しかし直後にわたしは絶望の表情を浮かべた。
 
値段 268円
 
た、高い!!
 
我が家ではスーパーでお菓子を買うときの予算は高くても150円だった。
ダメもとで母に頼んだがもちろんNOの返事だった。
 
こども社会にも経済格差は見え隠れする。お嬢様の彼女の家をみれば、恵まれた家の子だということは明白だ。
ただまさか
 
スーパーのお菓子にまで格差を付けられてしまうのか!!
 
絶望と惨めさにわたしは打ちひしがれた。だが人一倍食い意地のあるわたしはここで諦めたくなかった。当時のわたしは月に200円のお小遣いをもらっていたが、そのほとんどは近所の駄菓子屋で消えてしまうため貯金は無いに等しかった。お年玉の貯金も握られているため引き出すのが困難だ。
とにかくねだるしかない!!
必至にねだり倒した結果、大晦日の日に限りチョコパイ含め好きなお菓子を買っていいと許しを得た。
 
こうしてチョコパイは
 
3時のおやつに出される彼女と
 
誕生日ケーキと同じく年に1回しか食べることのできないわたし
 
というヒエラルキーを生んだのだった。
 
大人になった今、スーパーに並ぶチョコパイを見るたびにわたしはあのときのことを思い出す。今にして思えば300円程度のお菓子にあそこまで必至になっていた自分を周りは可笑しいと笑うかもしれない。でもこのチョコパイは幼いわたしにとってとても思い入れの深いお菓子だった。
 
チョコパイよ、きみのおかげでわたしは救われたことがある。
ひとつは年に1回だけ食べられる特別なお菓子でいてくれたことで、年の暮れの自分へのご褒美になり、また来年も頑張ろうと活力になってくれたこと。
もうひとつは「大人になったら、彼女の家のようにおやつの時間に食べられるくらいチョコパイを買ってやる!」と自分で手に入れるために前向きな気持ちになれたこと。
 
今は彼女の家のように3時のおやつとして当たり前のように出されるきみだけど、食べるときの喜びと感動は小学生の頃の自分と変わらないままだよ。
 
ありがとう
 
 
 
 
***

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2020-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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