無くして拾った大事なモノ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:森本雄大(ライティング・ゼミ日曜コース)
いつも通りの朝。
通勤をしようと、自転車置き場に向かう。
変わらない日常の中に、小さな違和感が走った。
「いつもそこにあるはずものが、無い」
自転車はきれいに鎮座しているものの、ハンドルにあるはずのものがない。
そう、自転車のベルが、綺麗に無くなっていたのだ。
不意打ちを喰らわされたような気持ちで周囲を見渡す。周りに落ちている形跡もなく、どこか頼りないハンドルが残るだけだった。
決して大したことはないのだが、朝一に何かを失った気分の悪さったらない。
「また誰かいたずらしやがって……」
驚きが、苛立ちに変わっていく。
つまらないいたずらをされて、これだから団地住みは嫌なんだ。
なぜこんなものを盗ろうと思うのか?
そんな黒い気持ちが渦巻く中、ある疑問がふと浮かんだ。
「これは誰かが盗ったと言い切れるのか?」
もう長いこと乗っていたし、自然と取れてしまう可能性もあるかもしれない。
自分が気付かないだけで、実は前から取れていたのかもしれない。
可能性は低いけれど、そういうことも十分にあり得る。
なのに、僕がまずしたのは疑いだった。
自分の余裕のなさを、なんだか見透かされたような気がした。
なんとも言えない気持ちが込み上げる。
「なんだよもう。まぁとりあえず行くか!」
この得体の知れない気持ちを整理したかったが、いかんせん時間がない。
自転車にまたがり、力任せに漕ぎまくる。
最初はすこぶる気分が悪かったが、漕いでいるうちに和らいできた。
ベルのない自転車に乗ってみると、思いのほか発見があったからだ。
今までは走行中危険を感じたり、都合の悪いことがあると、大抵ベルを鳴らしていた。
他の人のことが考えられないのかというばかりに、ベルを使って自分の権利を主張してきた。
けれどベルがなくなると、そんなことはできない。
前方にこちらのことを気づかない人がいても、相手が気付くまでゆっくり漕ぐだけだ。
それか自分がその場を離れたり、回り道をしたりする。
自分が譲るという形でも、問題なく自転車に乗ることができた。
むしろ自分に余裕すら感じることができた。
いらないものを手放すことは、余裕を生むのかもしれない。
寂しいと思っていたハンドルは、ベル1個分より軽く感じた。
失ったって良いものだってあるのに、なくなった途端に怒りがこみ上げる。
自分にとって本当に必要なものって何なんだろう。
人から刷り込まれた価値観や思い込み。
色々と始めた趣味。
多様な人間関係。
手に取ったはいいが、失うのが怖くて、嫌われるのが怖くて
中々手放すことができないでいた。
本当にやりたいことができても、続けてきた。
これは違うと思ったって、どこか他人を軸にして生きてきた。
色んなもので自分を圧迫して、本当に大事な物すら見えなくなってしまっていた。
「自分の軸を持つことが大切だよ」
お世話になっている、先生の言葉が脳裏に浮かぶ。
何か失っても、「自然なことでしょ」くらいでいられる余裕があっていい。
その代わり、本当に大事なものを絶対に離さない。
自分の信じる道を進んでいれば、きっとそれは見えてくるはずだ。
軽くなったハンドルも、どこかそう言っている気がした。
「他人を軸にして生きていないか?」
「自分の本心のために、手放せるものはないか?」
頭を巡らせると、色々な思いが沸き上がってくる。
自由でいたい。
才能や個性を生かして、周りの声も聞こえないくらい物事に熱中したい。
表現をする仕事に就きたい。
自分を好きでいたい。
段々と、自分の本心が見えてくる。
けれども、そこに刷り込まれた価値観が邪魔をする。
人と違うことをしてはいけない。
苦手があってはいけない。
一つの事だけやっていてはいけない。
その価値観を持っていて、自分は幸せなのか?
自分にとっていらないものは、もう捨ててしまおう。
人がどう言おうと、本当に必要なものは自分にしか選べないはずだ。
失ったっていい。本心で一歩踏み出す。
意識を戻し、自転車はさらに加速する。
少し息を切らして走る。一心不乱に走る。
ベルがなくて苛立ったことなんて、頭から消えていた。
文章を書くとき、正直どこか他人の目を気にしてしまう。
けれど今は、もう一歩本音に踏み込んで書けている。
趣味も、いくつか手放した。
友達に嫌な思いもさせてしまったかもしれない。
申し訳ないし、嫌われるのではないかと不安にもなった。
けれども、今の自分にとって手放すことが必要だから、勇気を持って言ってみた。
なりたい自分を叶えて、笑顔で報告できるようになりたい。
どこか軽くなった自転車で、僕はペダルを回し続ける。
いつもそこにあるはずのものが、無いけどそれでいい。
だってなんだか心も軽いんだ。
目線を上げると、見慣れた道が大きく開けている。
そう、こんなにも道は広い。
これからはきっと、どこへだって行ける。
***
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