孫の顔を見せるよりも大切なこと
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:冨田裕子(ライティング・ゼミ日曜開講コース)
「おかあさん、こうへいすき? 」
だいぶ言葉が達者になり、色んなことを考えるようになった息子が、最近こんなことを訊いてくる。
「もちろん、大好き」
「へへへ」と、嬉しそうな息子。続けて、
「なんで?かわいいから? 」
うーん。特に理由はない。世界で一番大切な存在。笑った顔、真剣な顔、泣いたり怒ったりする仕草、彼が生きている一瞬一瞬を愛おしく感じるこの気持ちを、なんと説明したものか。幼児にわかってもらえそうな説明の言葉は見つからず、仕方なく私は、「こうへいだから」と答えた。息子は、よくわからないけどまあいいや、という感じで、違う話を始めた。
思えば、10年ほど前。私は母に、似たようなことを言われた。当時、仕事も婚活もどん底で、仕事ができない自分、結婚できない自分、子供を産んでいない・産めそうにない自分、とにかく「無い」ことばかりに意識がいって、自分の人生に勝手に絶望しながら、こんなはずではないとあれこれ空回りしていた。母にあまり心配をかけたくはなかったが、ついそんな気持ちを漏らした時、母は静かに、「いいじゃない。いずれにしたって、あなたはあなたなんだから」と言ってくれた。
しかし当時の私は、全く意味がわからなかった。その私がダメなんじゃないか。ちっともよくなんかない。私の気持ちはわかってもらえなかった、話が噛み合っていなかった、とまで感じた。母の真意がわからないまま、やがて結婚して、子供を産んだ。
子どもの成長は神秘的で、その一挙手一投足が可愛らしい。最初は手がかかるものの、子供に手間をかけることも幸せで、成長と共に何かが一人でできるようになったりすると、寂しさすら感じる。そんな自分の気持ちの変化を感じる余裕が出てきた頃、夫と映画「東京物語」を見た。
50年前に作られた映画で、広島に住む老夫婦が、東京で所帯を持つ息子のところにやって来て数日を過ごして帰っていく、家族の絆を鋭く描いた物語だと感じた。そのなかで、広島に帰る途中の夫婦の会話に、はっとさせられた。子ども孫は、どちらがかわいいかという話題だった。夫が穏やかに微笑みながら、「確かに孫はかわいいが、やっぱり、自分の子供のほうがいい」と言ったのだ。映画のクライマックスはこれより少し後だが、私はこのシーンが強く印象に残った。
親が子に持つ愛情は、こういうものなのか。私はそれまで、かわいい孫の顔を見せてやることが親孝行だと思っていた。確かに親は喜ぶが、それは、子供を持つ幸せを体験している両親が、私も同じ幸せの中にあると思うからであり、孫がかわいいのも、私の子供だからなのだ。孫なんかいなくても、私が幸せなら、それだけで両親は喜んでくれたのだ。確かに私自身、いつか息子が結婚して子供を連れてくることを想像したとき、もちろん孫は心から可愛いと思うだろうが、それが世界で一番大切なものの上にくるかというと、そんなことは全く考えられない。親にとって子供は、かわいらしかろうが老けようが、永遠に最も愛おしい存在なのだ。
その時、いつか母が言った言葉を初めて理解することができた。「あなたはあなた」という言葉。それは、ただあなたがそこに生きていることが全てであり、何ができるとか、何を持っているかとか、そんなことはどうでもよく、あなたの存在そのものにかけがえのない価値があるという、大きな愛だったのだと思う。そして、それを言葉で説明することがいかに難しいかも、息子の問いかけへの答えで、私は実感したのだった。
それからというもの、私が実家に遊びに行く理由は、孫の顔を見せるためではなく、自分の顔を見せるためだと思うようになった。
そしてもう一つ。誰もが一人ひとり、大きな愛に包まれているとも感じるようになった。私自身が両親の大きな愛に包まれていて、同じように、息子を私達夫婦が包んであげて、いつか息子が子供を持ったときは、彼がその子を包んであげて、そうして、ひとつ、またひとつと命を包む愛が、静かなリレーのように引き継がれていく。友人、同僚、道ですれ違う人々の誰もが、ひとりひとり愛に包まれて生きている。どんなに収入があろうとなかろうと、優しかろうと不親切だろうと、真面目だろうと不真面目だろうと、その大きさに変わりはない。その人が何を持っているかにかかわらず、その存在は愛されているはずなのだ。自分にとって苦手だなあと感じる方でも、その方を包む愛には、苦手意識を感じない。などと考えていると、意見の対立も、人から聞く不本意な言葉も、「この方はそう感じるのだなあ」と、やわらかく受け止められることが増えてきた。
世界平和につながると言っても過言ではない、親の大きな愛。「こうへいだから」という私の答えの真意を、息子が理解するのはずっと後かもしれない。でも、不安や絶望感に襲われるとき、彼の心を支える一つになることができればと思う。
それを伝えるためにも、まず私が、自らを包んでいる大きな愛をいっぱいに感じ、感謝して、応えていきたい。
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