曖昧だけど、確かなこと
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:秋田梨沙(ライティング・ゼミ日曜コース)
ダメだ。開始10分でもう寝そう……。
スクリーンで繰り広げられる、わんこ達のヒーローストーリー。幼児向けの映画は、おきまりの展開とハプニング。話もなかなかに単調である。その上、子どもが怖がらないように、館内は照明が真っ暗にならない配慮がされている。これが寝室の豆電球のようで、なお眠気を誘う。
慌ただしい平日が過ぎた日曜日の昼下がり、私は家族で映画館に来ている。
今日は4歳の次男の「映画館デビュー」だ。
地上波のアニメで毎週放送されている「パウ・パトロール」という作品が大好きな次男は、それが映画化されると知り、何ヶ月も前から楽しみにしていた。
夏から楽しみにして、いよいよ11月の公開日が近づいてからは、「あと10こ寝ると、やるんだよね?」と寝る前にいつも確認していたくらいだ。
当初はいつも長男を連れて行く時の様に、両親のうちどちらかが連れて行こうと思っていた。ところが、次男の「み・ん・な・で! 一緒にみたい!」という頑固な一言もあり、結局、家族4人で行くことになってしまった。
チケット代
大人1,800円×2+子ども1,000円×2=5,600円
ひぃぃ、痛い。
だって、上映時間は60分しかないのだ。普通の映画の半分である。なのにチケット代は変わらない。すごく勿体無い気がする……。と家計を預かる主婦としては悶えたが、本日の主役たっての希望である。そこはグッと我慢した。
映画館に着いた時には、3年前に弟と同じ様にデビューした長男が
「映画館では、シー! だよ」
「ポップコーンがたべられるんだよぉ!」
「暗くなるけど、怖くないからね!」
と、自分も言われたであろうセリフで、張り切ってレクチャーしてくれていた。
そういえば、長男の時は父と子2人で「仮面ライダー」を見に行ったのだ。私は付いて行かなかったから、子どもの映画デビューに立ち会うのは初めてだ。家族全員でくるのも初めてだ。
遠い意識で思い出して、睡魔に連れ去られそうな意識をググッと引き戻してしてきた。貴重な「映画デビュー」の時間だということを忘れていた。つまらないのではない。幼児向けの映画を大人が真剣に見ようとするからダメなのだ。映画でなく、息子に集中しよう。
そっと様子をうかがった。
映画開始から30分は経過している。
いつもはリビングで床に溶け込みそうなほどダラダラとしている次男が、まだピーンと背中を背中を伸ばして姿勢良く座っている。手までピーンと伸ばして綺麗にお膝の上。もともと大きなまんまるお目々がこぼれ落ちそうである。ジュースも開演前にほんの1口飲んだきり、ほとんど減っていなかった。まさに真剣そのものといった様子。驚いた。たまに兄から渡されるポップコーンをノールックで食べているところだけは、いつも通りだけれど。真剣そのものだ。
ヒーローが活躍する場面では目をキラキラさせて。ピンチに陥った時には眉間に3本ジワを寄せて。4歳の小さい体が大きなスクリーンに入り込んで、一緒に戦っている。
あぁ、いいもの見せてもらったな。これだけで1,800円の価値あるわ。
連れてきて良かった! と母の私は大満足した。
けれど、ふと急に少し寂しくもなった。
こんなに心ときめいた1日も、きっと大きくなるにつれて忘れてしまうのだろうな、と気づいてしまったからだ。
4歳の頃の記憶なんて、自分もほとんど残っていない。
「えー、ここ小さい時に連れて行ってあげたじゃない。覚えてないの?」
両親に私もよく言われていた気がする。そうすると決まって
「そんな小さい時のことなんて、覚えてないよ!」
と、私は怒っていた。
行ったのに覚えてないなんて「損した!」って気持ちと、自分の覚えていない自分が語られる恥ずかしさとで怒っていた。くすぐったくて、ムズムズした。愛されてたのだなぁと思って、嬉しかった。
やっぱり、君もこの日のことをいつかすっかり忘れてしまうのだろう。
今はくっきりと砂浜に刻まれている記憶も、たくさんの波が打ち寄せるうちに消えてしまうのだろう。
だから、私は今のうちに、綺麗な砂浜にころんと残った貝殻を拾っておこう。
まだ、小さな手には全てを抱えきれないから。
君が拾い忘れてしまった分も、たくさん、たくさん拾い集めておくよ。
たとえ覚えていなくたって、今日みたいな「初めて」や「まんまる目」になる経験をたくさんさせてあげよう。大切にしまっておいて、大きくなったら見せてあげよう。話してあげよう。
そう思う。
いつか君が貝殻に耳を寄せた時、波の音が聞こえてくるかもしれないから。
***
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