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それでホントに幸せですか?


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:羽島俊洋(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
20年前の多分今頃、僕は自主映画の撮影に参加していた。
 
せっかく大学まで出してもらいながら、まともに就職もしないで芝居にうつつを抜かしていた時期があった。
自主映画を撮ってる先輩がいて、誘われて出演した。
自主映画とは言え今回はえらく気合いが入っていたようで、プロの撮影スタッフを呼び、役者も関西小劇場ではそれなりに名のある人を使っていた。
 
監督の実家である、大きなお寺の本堂に布団を敷いてザコ寝。
撮影が終わったら、夜は酒盛り。
そんな夢のような時間が、1週間ほど続いた。
 
作品全体の台本は渡されず、監督がつかこうへいさんみたいに口立てで芝居を付けた。
従って、作品のストーリーも、自分が出てるシーンがどう繋がるのかも、そもそも自分はいいもんなのか悪もんなのかも、全くわからなかった。
とりあえずチンピラっぽい格好をさせられているので、一生懸命チンピラっぽく演じた。
僕の役どころは5人組のチンピラの1人。
そのチンピラのリーダーが、Kさんだった。
 
Kさんは当時50歳ぐらい。
アングラ演劇の世界では有名な方だったようだ。
物凄い目力でガタイも良く、いつもインディープロレス団体のTシャツを着て、迷彩のニッカポッカを履いていた。
だが見てくれのイカつさとは裏腹に、いつも腰が低く、僕みたいな若造にも敬語で接してくれた。
 
毎晩、Kさんと酒を呑みながら話した。
僕はビール、Kさんはどぶろく。
あれから20年たつが、いまだかつてKさんよりどぶろくが似合う人を見たことがない。
そもそも、どぶろくを呑む人をあれ以来見たことがない。
もう相当記憶が曖昧なのだが、僕の記憶の中のKさんは、片膝立てて丼でどぶろくを吞んでいる。
用心棒みたいに。
多分違うが、僕の記憶の中ではそのように補正されている。
 
アングラ演劇や小劇場で有名であっても、食えない。
Kさんはどうやって食ってるんだろう。
 
「『食べる』というだけなら、別に困ってませんよ」
「なんかいいバイトでもあるんですか?」
「工場から店に、パンとか運ぶトラックがあるでしょ? あれを襲うんですよ」
「……!!!!!……」
「羽島さんも強そうだし、今度どうですか? 一緒に」
「……遠慮しておきます……」
 
さすがにそれはウソだったと思うが、Kさんの「リアル北斗の拳の野盗」といった風貌を見てると、やっててもなんらおかしくはなかった。
 
大分どぶろくの酔いが回って来たKさんが、ポツリと漏らした。
「僕、インディーのプロレスが大好きなんですよ」
それは毎日のTシャツを見てればわかる。
「いつかプロレスラーになりたいんですよ」
 
さっきの野盗の件もそうだが、Kさんが目をギラギラさせながらドスの効いた声で語り出すと、ホントかウソかわからなくなる。
「Kさんならなれるかも知れませんね」とか、適当な答えを返したと思う。
もちろん、実現するとは思っていない。
 
ただ、Kさんの「ひたすら自分が楽しいと思えることだけを追求していく生き方」が、うらやましかった。
裕福とか貧乏とか関係ない。
何歳になろうが、楽しい方向へ面白い方向へ向かって行く生き方。
お金は無くても、心はいつも満たされて、豊かなんだろうな。
 
Kさんの話を聞きながら、「俺は結局こうはなれないな」とも感じていた。
20代も半ばを過ぎて、大分世間体も気になって来た。
両親にも申し訳ない。
そして何より、この先この世界で食えるようになる可能性は、限りなくゼロだ。
 
映画はなかなか公開されず、結局僕は上映を見ることなく、芝居を辞めた。
 

 
それから10年ほどたち、突然ある単館系の映画館で、この作品が上映された。
初めてこの作品を通して観たが、結局自分がいいもんなのか悪もんなのかわからなかった。
僕には難解過ぎた。
 
「そう言えば、Kさんは今どうしてるんやろ……」
携帯で検索してみた。
 
コスチュームを着てリングに上がり、インディー系の有名なレスラーと握手をするKさんの姿があった。
 
「Kさん、レスラーになってる!!」
興奮した僕は、何故か涙が止まらなくなった。
一緒に映画を観に行った当時の彼女が、随分引いていた。
 

 
さらにそれから10年ぐらい経っているが、今でもKさんは、常に新しいことに挑戦し続けているのだと思う。
死ぬまで挑戦し続けるのだろう。
 
僕が「幸せでも不幸せでもない状態」に妥協しようとするたびに、Kさんがどぶろくを呑みながらこっちを見ている気がする。
「羽島さん、それでホントに幸せですか?」と問い掛けられている気がする。
Kさん、僕も幸せになるための努力をします。
芝居は辞めてしまったけれど、幸せになるための努力は辞めません。
僕がホントに幸せになれた時、その時は、また呑みましょう。
 
 
 
 
***

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2020-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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