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ある音楽講師の紅蓮華奮闘記


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記事:前田玲菜(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
これから書くのは、一人の音楽講師が紅蓮華から逃れようともがいた記録である。
 
町を歩けば鬼滅に当たる、と言えるくらいの鬼滅の刃ブームだ。
クラシック系やジャズ系のミュージシャンですら、アニメ主題歌の紅蓮華は必須レパートリーになりつつある。
紅蓮華は打ち出の小槌である。
ミュージシャン仲間の話だと、閑散としたショッピングモールで演奏していても、紅蓮華を弾きだした途端、どこからともなくお客さんが湧いて出てくるそうだ。
とりあえずファミリー層への選曲に困ったら、紅蓮華をやっておけば間違いないらしい。
もはやポップス系のボーカル講師にとっては、うたえて当たり前の曲の一つである。
 
私はピアノ講師だけでなく、ボーカル講師も行っている。
ボーカルの個人レッスンをしている子供たちが、鬼にとり憑かれたように紅蓮華ばかりをうたうおかげで、私の2020年のSpotifyの再生回数はこの曲がダントツトップに躍り出た。
「あなたの2020年を代表する曲は……紅蓮華です!」と、頼んでもいないのにSpotifyに勝手に宣言された私の心は、濡れ衣を着せられた恋愛ドラマの主人公のように穏やかではなかった。
「いや、違うのよ! 私の趣味じゃあ……ない!」
 
紅蓮華は嫌いではない。
鬼滅の刃のストーリーは知らないが、この曲はうたえると格好いいと思う気持ちもわかるし、実際うたうとスッキリすることも認めよう。
しかし、私の好きなアーティストは武満、サティ、ドビュッシーである。
(アーティストというか、作曲家)
歌の仕事ではアヴェ・マリアばかりうたっている、と言えば、だいたいの嗜好をわかってもらえるだろうか。
 
とにかく、紅蓮華だらけのボーカルの発表会がようやく終わり、紅蓮華からやっと解放される! と思っていた矢先に、ピアノ講師をしている別のスクールから
「クリスマスに紅蓮華をやってもらえませんか?」
と打診があった。
紅蓮華はクリスマスまで食うのか!
そう思って、よくよく振り返ってみると、今年のハロウィンですでにその兆候はあらわれていた。
 
毎年、ハロウィンの仮装はディズニーのキャラクターや西洋風の魔女やモンスターが主流である。
ドレスやタキシードを着た子供たちの中、和服など着ようものなら浮きまくる。
日本人臭をいかに消すか。
それが、いままでのハロウィンの裏テーマだった気がする。
 
それなのに……!
今年のハロウィンは、なんだか「和」なのである。
そこかしこで、子供たちが竹を咥えているではないか。
ディズニーのプリンセスと並んで嬉しそうにほほ笑む、竈門兄妹の姿が何とも印象的であった。
 
確かに、私は紅蓮華をうたう練習をしていた。
ピアノで弾くことも出来るし、弾き語ることも出来る。
紅蓮華を弾いてうたって、安易に子供たちの羨望の目を集めていたことは否定しない。
ただ……「私の趣味じゃあ……ない!」
 
クリスマスだけはその洋風ムードを何としても死守したかった私は考えた。
「紅蓮華がなくても子供たちが喜ぶ企画を考えよう!」
 
考えあぐねた結果、私はオリジナルのクリスマスストーリーを作ることにした。
フクロウのフウちゃんが、クリスマスの夜に夢の世界で大冒険をするお話だ。
子供たちは夢の世界の妖精となり、一人ずつ練習してきた曲を披露する。
夢の世界の冒険を終え、フウちゃんが、朝、目を覚ますと、そこにはたくさんのプレゼントが置いてある。
プレゼントに見立てたハンドベルを演奏し、クリスマスソングを踊る。
クリスマスソングはどの年代にも鉄板の「赤鼻のトナカイ」。
 
完璧だ!
クリスマスツリーにフクロウのパペット、ピアノ、ハンドベル、クリスマスソング。
ここまで徹底して洋風の世界観でコーティングすれば、さすがの子供たちもコンサートの間だけでも鬼から解放されるだろう。
 
そして、迎えたクリスマスコンサート兼発表会当日。
ワルツのリズムでうたいながら挨拶をし、フウちゃんの物語が始まる。
フウちゃんは夢の世界で、羊さんや小鳥さん、子犬さん、サンタさん(の曲)に出会っていく。
物語も終盤に近付き、夢の世界も終わろうとしていたその時。
 
どこからともなく「つーよーくー」というフレーズが聞こえてきた。
沸き立つ歓声。
血沸き肉躍るメロディー。
子供たちの日本人のDNAが呼応している。
 
いや、私はうたっていない。
曲を流してもいないし、ピアノも弾いていない。
それじゃあ、いったいだれが!?
 
そう。私は知っていた。
夢の世界の妖精であるはずの小学生が、ピアノで紅蓮華を演奏することを。
曲が始まった途端、 白い雪のようにファンタスティックだったコンサート会場の雰囲気は、一瞬にして紅色の絵巻物へと変貌をとげてしまった。
 
その後、どうにかクリスマスムードを取り戻そうと奮闘したが、耳に残るは「つーよーくー」ばかりである。
紅蓮華はもはや子供たちと共にある。
強い。強すぎる。
惨敗である。
結局、クリスマスまで鬼に食われた私は、来年こそは紅蓮華から離れよう! と心に誓ったのであった。
 
そしてコンサートの翌日。
私はある生徒のレッスンで、またもや放心状態に陥った。
 
「私、1月から炎をうたいたい!」
今まであいみょんばかりうたっていた彼女は、高らかにそう宣言した。
 
音楽講師にとって、そもそもこの波から逃れようとしたこと自体が、間違いだったのだ。
もがき続けて溺れるより、上手く波に乗るしかない。
そう思い至った私は、ようやくコミック第1巻を手にしたのであった。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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