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コンプレックスも包丁も怖がらないで


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:珠弥(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
自分の身体のパーツや、体型、性格にコンプレックスがない人はどのくらいいるのだろうか? 少なくとも、ありのままの自分を見た時に、気になる部分が一つもない人というのは、割合で言うと少ないのではないか? かくいう私も、自分の見た目で気になる部分はちらほらある。特に前歯の歯並びはぶっちぎりで気にしている。
 
「あなたの前歯はエビのしっぽみたいで、おめでたいね」
 
学生の時、担任の先生に言われたこの言葉は、思いのほか深く突き刺さってしばらく癒えないままこびりつき、最も気になるコンプレックスとして定着してしまった。
もう十五年以上も昔のことなのに、先生の表情や周りにいた友達の笑い声も思い出してしまう。先生もそんなに悪気はなかったのかもしれない。事実、歯並びのことについて指摘されたのは、生涯においてこの一日だけだ。体育祭のソーラン節は好きだった。けれど、準備期間中の旗作りで描いたエビは会話のきっかけを作ってしまった。自分で描いてしまった躍動感あるエビの姿を、とても恨めしく睨み付けてしまった。
 
社会人三年目の頃だ。日常のふとした瞬間や眠りにつく前、当時の“エビのしっぽ事件”を唐突に思い出しては、前歯を気にしてしまう時期があった。最悪なことに、先生が前歯を指差して笑う仕草が何度も脳内再生されるという、おまけ付きだ。
 
“フラッシュバック 忘れ方”
そんな単語でグーグル先生に尋ねてみると、いくつか手頃なものが紹介された記事に辿り着いた。
 
例えば、嫌な場面をカラーの写真として思い浮かべた後、場面をモノクロにして、流す。
例えば、記憶の川に流すようなイメージで忘れる。
はたまた、青空を思い浮かべて「過去のことだ」と言い聞かせていく。
一通り試してみたけれど……悲しいことに、私には全く効果がなかった。そう簡単に忘れられたら苦労しない。
 
これ以上自分の中で深刻な状態にはしたくなかったし、何より突き刺さった言葉の棘を放置して化膿させている状態から早く抜け出したかった。
悩んだ挙句、私は荒療治することにした。
といっても、方法自体は簡単であるので、もし同じような状態に陥っている人がいれば、おすすめしたい。
 
“身近な人に打ち明ける”
それだけだ。両親でも、友達や恋人でも、ペットにだっていい。だまされたと思って話してみてほしい。
 
私は、そこそこ仲のいい身近な人達に打ち明け続けた。
「歯の矯正をしようか悩んでいる」
歯並びを気にしていたことを打ち明けてみると、一人一人の反応が違って、とても驚いた。
 
「インビザラインというマウスピース型の矯正なら目立たないよ」と、安価で目立たない施術方法を教えてくれる友人。
「大きめのイヤリングを付けたり、アイシャドウを濃く塗って、視線を顔のパーツの上の方へ集めればいいよ」と、今すぐ実践できる方法を教えてくれる友人。
「一度も歯並びについて何か思ったことなかったな」と、びっくりした様子で現状を肯定してくれる職場の同僚。
「歯並びはそのままでいいと思うよ。矯正することで、かえって顔のバランスを崩しちゃった人が周りにいるからおすすめしたくない」と、身近な実例を基に心配してくれる先輩。
 
私の意思を尊重してくれる人と、汲み取りつつも反対する人両方の意見が存在していた。色んな人の反応を見ていくうちに、一つの事実が見えてきた。
それは、コンプレックスといえど、誰かにとっては愛嬌の一種や、共感してもらえるような要素であるということだ。この事実に気が付けたことが、一番の収穫だったかもしれない。
 
私は、最後に父親へ打ち明けた。
なんの変哲もない、平日の仕事帰り。一人リビングで晩酌をしていた父親は、私の言葉を聞いて、黙ったままビールを一口飲んだ。一瞬だけ沈黙が訪れたが、次の瞬間には父親は笑い出していた。パジャマ姿で対面していた私は思わず、面食らったものだ。
でも父親が教えてくれた言葉は、私の心の棘をすんなりと抜いて、化膿した場所も綺麗に治してくれた。
 
「その前歯、指しゃぶりがどうとかそうじゃなくてね。俺の親父にそっくりなんだよ」
 
亡き祖父は、東北に住んでいた。夏と冬の年二回、帰省する度に大笑いしながら私たち一家を最寄り駅まで迎えに来てくれた。かまくらを作ったり、餅つきをしたりと、実家ではできない体験ができた祖父との思い出は、今でも輝いている。けれど、大笑いをした時の表情も、何なら歯の様子なんてうろ覚えだ。遺影は見られるが、口元はキュッと横一文字に結ばれている。
それでも、父の言葉で記憶を深堀りさせ続けていくと、かろうじて思い出した姿に行き当たった。生涯入れ歯は不要、なんて言いながら嬉しそうにおせんべいをかじっている姿だ。
 
「包丁を握ったことがないから、包丁が怖いんだ」
 
幼い頃、包丁が怖いと言って簡単な料理の手伝いだけしていた頃、祖父に言われた一言は、私を台所に立たせるきっかけになったことも思い出した。
 
包丁と同じで、コンプレックスが怖いのも、打ち明けて向き合ったことがないから。
包丁も誤った使い方や乱暴な使い方をすれば、あっという間に誰かを傷付ける道具になる。致命傷になるかもしれない。でも正しく使えば、怪我もしないだけではなく、誰かに温かい料理を提供する一つの作業工程になる。
コンプレックスを身近にいる誰かに打ち明けることは、誰かとの心の距離を縮めたり、克服するきっかけになる方法だと感じる出来事だった。
 
おかげで、私は私の前歯を許せるようになって矯正することは見送った。
もし矯正を実行したら、また違う形の満足感や自信を得られたと思う。けれど、誰かに打ち明けられないまま矯正しても、「エビのしっぽみたい」というは棘に変化した言葉は、ずっと化膿させたまま居座り続けていたかもしれない。
 
他人の言葉で生まれてしまったコンプレックスは、やっぱり誰かからの言葉でしか癒されないものなのではないだろうか。
過去の苦い思い出に夜な夜な苦しみ、フラッシュバックに耐えている人がいたら、一度は試してみてほしい。
 
 
 
 
***

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2021-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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