こにゃんぴーとおやにゃんぴー
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:田村 彩水(ライティング・ゼミ平日コース)
昨春。
じわじわと世の中を蝕みつつあったコロナの足音を感じながらも、私たち夫婦は結婚式の準備を進めていた。
こじんまりと家族婚。参加者は17名ほどだ。
少数参加とはいえ、お互いの親族にとっては初めましての時間になるため、少しでも話材の補助になればと、お互いの簡単なプロフィールを載せた冊子を作成した。
各々から写真と、「最近一番嬉しかったことは?」という質問の回答を募った。
両親、兄弟、伯父叔母、祖母……と次々と回答が返ってきた。
その中で、ひとつ気になる文言があった。
夫の従妹夫婦の回答だ。
例の質問の回答として、
「こにゃんぴーが生まれること」
とあった。
こにゃんぴー?
そんな名前の存在が果たしてこの世にいただろうか……31年分の記憶をさかのぼってみたが思い当たらない。生まれた、ってことは生物やんな。ほんで、“にゃん”って付くくらいだからネコ科?
思考を巡らせど埒が明かない。
口に出せば何か思い出せるだろうか。
「こにゃんぴー」
「あ、それ従妹夫婦の間で、“赤ちゃん”のことらしいで」
親切にも夫が教えてくれた。
こにゃんぴーとは即ち赤ちゃんのことだった。
私は、どうにもこうにもその名の響きが気に入ってしまい、夫も巻き込んで、その日からわが家でも“赤ちゃん”のことを“こにゃんぴー”と言うようになってしまった。
「○○さん家、こにゃんぴー生まれるらしいで」
「△△さんへの、こにゃんぴー出産祝い何にする?」
「にゃんぴー!(喜びの表現)」
日常会話の中に組み込まれるこにゃんぴー。
もはやこにゃんぴーって言いたいだけである。
繰り返されるこにゃんぴー。
でもそれはいつも他人のこにゃんぴーでしかなかった。
私はもともと子供が好きではなかった。
今でも子供好きかと言われると、少し答えに詰まってしまう。
子ども、特に赤ちゃんをみると可愛いな、とは思うがどうしても括弧の中に(造形的に)と入れてしまう。
子どもは可愛いだけではない。
ひとつのれっきとした命だし、守り手がいなければ生きていくことのできない、儚い生き物だ。
それでいて思い通りにはならない。
泣くし、喚くし、こちらの意図を汲むなんてことはしてくれない。
そして親には、育手としての責任がある。
このままならない世の中で、あらゆる困難や誘惑を乗り越えて生きていける様、導くことなんて私にできるのか?
自分のことでさえ、こんなにもままならない私なのに。
子どもとは私にとって、お姫様であり、部下でもあり、同時に永遠の片思いの相手である。
私は何となく、自分は子供を持ってはいけないのではないかと、かなり長い間そう思っていた。
延期の憂き目にあった結婚式も無事に終わり、数か月経った今年のお正月すぎ。
自身の体調の変化に気づいた。
おや?何か変だぞ。
来るべきものが、来ない。
待てど暮らせど、おいでにならない。
おかしいな。おかしいな。
ちょっと様子を見るか、で5日が経過した。
夫に報告すると笑顔でこういう。
「こにゃんぴーや!」
まじで?まじにゃんぴー?まじで?
心の中でふざけてみても、だんだん緊張してきた。
身体が重いようなだるいような熱っぽい感じがして、ネットで調べまくったら、妊娠初期にそんな症状が出ることもあるよと書いてある。
だが世の中の風潮的に、熱があってだるいだなんて、違う病気なのではないのかと疑ってしまう。
これはもう、はっきりさせようと、薬局に行き、テストキットを購入した。
購入したばかりのタイミングでは、もうさっさと済ませて白黒つけてやろう!という勇ましい気分だったが、家に帰って夕飯を食べると、だんだん怖くなってきて、いつもよりゆっくりお風呂に入った。
もし今妊娠してるとして、何週目?
またまたネットで調べたら、どうやら5週目にあたるらしい。
情けないことに、そんな知識さえおぼろげだ。
色々考えるのは一旦やめにして、お風呂から上がった勢いで検査をしてみた。
結果は……どうやらいそうな感じだった。
一瞬、突き上げるような喜びを感じた後、途端に不安でいっぱいになった。
そもそも、私は本当に親になることについて今まで真剣に考えていただろうか?
結婚をしたから。年齢的にそろそろ。親を安心させたい。不安だから。
そういった自分都合の浅はかな考えで、なんとなくここまできてしまったのではないだろうか?
そんなナーバスな考えが次々と頭を巡った。
何だか一人になりたくて、夫に先に寝室に行ってもらい、しばらくぼんやりとしていた。何を考えていたかは、覚えていない。
2日後、病院にて検査をしてもらった。
天井にモニターがあり、お腹の中の様子が見える。
少しの間、先生が探されていたが、
「あ、これですね」
と手を止められた。
ねずみ色の画面に小さな楕円がぽっかり浮かんでいた。
「こにゃんぴー……!」
さすがに声に出すのは憚られたが、心の中ではばっちり叫んだ。
私は初めてこにゃんぴーがこの腹の中にいることを確認したのだ。
自分でも驚くくらい、素直に感動的な映像だった。
何か知らんが、この世の奇跡を見ているような気分になり、ひたすらすごい、すごいと目の前のちっぽけな楕円に釘付けになっていた。
こにゃんぴー。
私はまだまだ未熟なおやにゃんぴーだ。
まだまだ知識も、心構えも、何もかも足りていない。
それでもこの先、私は親になっていく。
初めて恋人ができた時、初めて上司になった時、私はとても未熟だった。
でもなんとかやってこれた。決して完璧ではなかったけれども。
失敗も沢山したけれど、相手によって、鍛えられ、気付かされ、成長していった。
きっと子育てもそういうものだと信じて、とにかく今は健康第一で、やっていく。
最近、妊婦用のアプリをダウンロードして、毎日こにゃんぴーの様子をみている。
この間は耳のくぼみができたらしい。
今日は腕ができたらしい。
そんな日々の成長を具に教えてくれる。便利で楽しいツールだ。
毎日、信じられないスピードで成長していっているこにゃんぴー。
その同じスピードで、私も自分の中でおやにゃんぴーを、確かに育てていっているのだと信じたい。
***
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