飛行機とチョコレート
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大網 志乃(ライティング・ゼミ日曜コース)
「あの飛行機はどこへ向かっているのかしら」
「あっちの方角は九州か」
「高度が高そうだから、外国じゃないかしら」
「そうだな、アメリカかもしれないな」
わたしの父は、乗り物が大好きで、電車の本も、飛行機の本も、たくさん持っていた。そして、模型もたくさん持っていた。
電車の模型は、HOゲージという縮尺が1/87のもので、凝り性の父は、家の居間にジオラマを作り、夜な夜な鉄道模型を走らせていた。このジオラマは、いくつかバーションがあって、日本の電車を走らせる時は、日本の建物を配置し、外国の電車を走らせる時は、外国の建物を配置するというこだわりぶりだった。そうやって、それっぽさを出して、夜な夜な電車を走らせる訳だが、電車を走らせ始めると、飼っていた猫たちが次々と集まってきて、ぐるぐる走る電車に目が釘付けになっていた。猫たちは、電車と同じように頭を右に左に動かして、そのうち、見ているだけではがまんできなくなり、ジオラマに乱入し、手を出して、がしゃんと電車を脱線させてしまう。そうすると父は、コラァ! とかなり本気で怒鳴るのだ。その瞬間に、猫全員がまさに脱兎のごとく走り出し、建物も他の電車も蹴っ飛ばしてすべてを脱線させてしまう。街にゴジラがやってきて、すべてを踏み倒し、崩壊させてしまう感じだ。わたしが子供の頃は、たかが模型のことで、猫相手に本気で怒鳴るなんて大人気ない、と猫たちを不憫に思っていたのだが、大人になって、このHOゲージはそこそこ高価なものであったらしいことを知ると、父のほうが逆に不憫に思えてきたのだった。
それに比べ、飛行機の模型の方は、いつもきちんとガラスの戸棚にしまわれていた。それは、B-29、メッサーシュミット、ゼロ戦、疾風、紫電改など第二次世界大戦での戦闘機が、敵味方関係なく飾られていた。B-29は、アメリカの戦闘機で、これで東京は焼け野原にされたのだ。メッサーシュミットは、ナチス・ドイツが開発した戦闘機で、小型でとにかく速い飛行機だ。ゼロ戦は、とても軽い飛行機だから、長く飛ぶ事ができる。真珠湾を攻撃したのも、このゼロ戦だ、と聞いた。父は、子供の頃から病弱で、学童疎開中に帰されて、東京で過ごしていたという。曽祖父が防空壕を作り、その中に家財道具を避難させて家族で暮らしていたらしい(おかげで我が家には、戦前の箪笥がまだある)。そんな辛い思いをさせられたのに、なんでそんなものを飾っているのか、その時は全く理解できなかった。
これらの戦闘機の模型は、縮尺1/72という、わりと大きな模型で、すべて同じ方向をむいて綺麗に並べられており、本物の格納庫に収められているかのようだった。それは、病気がちな父の布団から寝たままでも見ることができる、ちょうど目線の高さに収められていた。それは決してガラスの戸棚から出されることはなかったのだが、いつも父の一番近くに飾られていた。
ある日、父と散歩をしていると、遠くに飛行機が見えた。どこへ向かっているのだろうと聞くと、アメリカじゃないか、と言う。戦後、進駐軍が東京にやってきて、父の兄弟たちは、ギブミーチョコレート、ギブミーチョコレートと言って、米兵にじゃれつくようにして、ついて行った。しかし、父は行くことができなかった。すると、米兵の方から父のそばにやってきて、チョコレートをくれたのだそうだ。それを食べたとき、日本は負けたのだと思ったという。そして、その後、チョコレートは父の大好物になった。チョコレートが、憎い敵を永遠の憧れに変えたのだ。アメリカを受け入れ、アメリカに憧れるように。
戦時中に少年時代を過ごした父は、パイロットになるには幼なすぎ、充分に成長する前に戦争は終わった。ここで飛行機に乗りそびれ、父は死ぬまで飛行機に乗ることはなかった。
今、毎日3時になると羽田の新飛行ルートの旅客機が我が家の真上を飛んでいく。青い空の中でジェット機の機体が、クジラの腹の白い腹のように見える。
昔の飛行機は、高度が低くパイロットの顔まで見えたらしい。もしかしたら、あの旅客機のパイロットの顔も見えるかしら、とつい見上げてしまう。あの飛行機は、どこへ飛んでいくのかしら。アメリカかしら。
蛇穴を出れば飛行機日和也
きっと父も飛行機を見上げて、そこに憧れを見ていたのだろう。
ガラスの戸棚に並んだ戦闘機の模型を、チョコレートを食べながら見ていた父を思い出して。
***
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00
■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」
〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168
■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」
〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325
■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」
〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984