女の本能
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大網 志乃(ライティング・ゼミ日曜コース)
「男のために化粧しているうちは、お子ちゃま」
御年81才、シルバーグレーのマダムが鮮やかなメイクを施して、にっこりこちらに微笑んでいる。
大阪市阿倍野区「文の里(ふみのさと)商店街」にある化粧品店、「ビューティーショップ ドリアン」のポスターなのだが、このポスターを見た時、わたしは思った。
「だれも見てなかったらメイクなんてしないでしょ」と。
わたしは、大手町にある会社でチームリーダーをしていて、一般的な会社でいう係長といった感じの、中堅どころなポジションで仕事をしている。毎日メイクをして出社しているが、チークがピンクだとがんばって若作りしているように見えるし、アイシャドウの色が濃いと五反田のキャバレーで働いているホステスみたいに見えるから、そのバランスは極めて難しい。まだまだ遊び盛りなお年頃だと思いたいけど、だんだん肌に無理がきかなくなってきているから、どんなに酔っ払って帰っても、寝る前にメイクだけは落とそうと思っている。
コロナ前、いつものように、ひとりで会社帰りに銀座で夕ご飯を食べていると、
「いまどこ?なにしてる?」
と、英会話帰りのA子がLINEをしてくる。A子はK社の役員秘書で、いつもメイクは完璧だ。仕事柄、華やかでフェミニン。
「見られ度が違うからね」とA子は言う。
じゃ、まずは一杯飲みにいきますか、と、京橋のワインバーにいくと、Z社勤務のB美がすでに、
「会社、隣だし」と言って飲んでいたりする。
B美は見た目、黒髪、ナチュラルメイクの清楚派だが、清楚なんていうのは見かけ倒しで、「男ウケがいいから」と、どこの女優かグラビアアイドルかというセルフ・プロデュース力で自らを演出している。
すると、
「今、青山なんだけど」とまた次のLINEがくる。
三人でタクシーに乗り、「青山までー」と言って、骨董通りのバーに行くと、中二階のソファー席でC世がいい感じになっている。C世は、「がんばっている若手女子風」が功を奏して、銀行の支店長代理になっていた。役員というおじさまたちは、がんばっている若手女子に弱いのだ。実際には、もうそれほど若手ではないのだが、アンチエイジングへの類まれなる努力で、そのイメージ戦略は成功していた。
四人でグラス片手に、ソファーに沈み込んでいると、誰かが、
「おなかすいた」となり、
全員で青山墓地の隅にある「かおたんらーめん」に行くことになる。
かおたんらーめんで、アサヒスーパードライをプシュっとやっていると、お墓とお墓の間から朝日が登ってくる。
「いいアサヒだねぇ」
と言いながら、じゃあねーと、それそれの家に帰ることになり、なんとかメイクを落として寝る。
それが、昨今のコロナ事情で外出自粛になり、オフィスどころか、飲みに行くこともなくなった。
「ひとりの夜は長いよね」とグループLINEにA子が、だーっと涙を流した顔の絵文字とともに送ってきた。
じゃ、オンライン飲み会でもやりますか、となり、久しぶりにみんなと顔を合わせることになったのだが、家から出ない、誰にも会わない、マスクで顔が隠れる、エステも美容室も行けてないし、家でひとりでいるのに、もちろんメイクなんかしない。多少ヨレヨレでも、自粛中なんて、こんなもんでしょ、と思っていた。ちなみに、アラサーとも言えない年になると、朝までかおたんらーめんした日には、寝ても次の日に肌が自然と復活するなんてことはない。おまけに、カラーリングもしなければならなくなるから、エステや美容室は必須なのだが、不要不急と言われればそれまでだ。それらに行けないとなると、どうなっているかは、さっしがついた。下地のすっぴんが綺麗じゃないと、メイクをしてもカバーしきれないのが大人の肌なのだ。それよりなにより、どうせ誰にも会わないのだから、行く必要もない。
ところが、久しぶりに見た三人は、
美に、より一層の磨きをかけていた。
みんな、顔がツルツルぴかぴかになっているじゃないの。
それ、新色のリップ?
なにがあったの?
A子「せっかく時間ができたから、暇な時間に美容を極めてみた」
B美「新しいお化粧品とかチェックしてると、欲しくなってポチる」
C世「エステに行けない分、お化粧品にお金がかけられるようになった」
「男のために化粧しているうちは、お子ちゃま」
その瞬間、「ビューティーショップ ドリアン」のポスターのマダムがにっこりしながらも、雷のような衝撃をわたしの脳みそ与えた。
そうだったのか。
誰が見てようが、誰も見てなかろうが関係ない。
自分が美しくいるっていうことが大事で、メイクをしていたんだ。
みんな見かけを大事にして、それをなんなら手段にするために、メイクをしているんだと思っていた。
美しくなりたいと思う気持ちは、女の本能だったのだ。
それが、わかっていなかった。
わたしが、お子ちゃまだったのね。
***
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