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記事:服部花保里(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
その人が長年大切にしているものとその理由を聞くと、その人と話す以上に人となりがわかるというが、確かにそうかもしれないと思うことがある。特に、身につけるもの、例えば衣服や装飾品には、持ち主のこだわりや思い入れが現れやすい。もちろん自分をわかりやく表現する手段のひとつであるし、それは翻って個性となって自分を語る媒体にもなりうるからだろう。
 
「最近はデニムが売れなくなったんだって」そうぼそりと言った。この20年で日本の多くの市場が様変わりしているように、デニム業界も御多分にもれず、市場縮小の憂き目にあっているという。
 
デニムといえば、ブルーカラーの象徴で、特に高度経済成長期を支えた現在70代を迎えんとする世代の中では大ブームを巻き起こした。激しい動きにも耐えられる強度の強い綿素材で、最初はゴワゴワと固い生地も、数年履きこなす中で肌に馴染み、濃紺に染められたその色味も落ち着いてくるのがまた味わい深いものだと愛好された。
そんなデニムはその年月を重ねた風合いや、職人技とも言える細やかなステッチや金具の具合になどにもこだわりを見出され、驚くほど値がはるものも現れた。
 
しかし、今はそのデニム、特に一万円前後の値段の品が全く売れなくなったそうだ。その背景には、前述のようなデニムと結びついていたブルーカラーと言われる仕事が減ったこと、ファストファッション業界の席巻、新素材による機能性重視のデニムとはいえないデニムが登場したことだという。特に、冬でも暖かな裏起毛デニムや、ジャージー素材のストレッチデニム、長年はきこなさなくてもすでにヴィンテージ感のあるウォッシャブルデニムなどは、愛好家からはもはやデニムとは別物としてとらえられている感すらある。
 
そんなわけで、デニムブームのど真ん中世代からは外れるものの、学生時代は何本か大切なデニムを着回していた夫は、昨今のそんなデニム業界の変遷に少し寂しくなったのだという。
 
そういえば、働き始めてからは休日も含めてデニム姿はめっきり減ってしまったのものの、長身ですらりとのびた足に彼が選ぶデニムはどれもとても似合っていた。そして、デニムといえば必ず裾直しが発生する私とは違って、今までに裾直しを一度もしたことがないというのが彼の自慢であったことも思い出した。
 
そんな彼が20年来手放せないデニムがあるという。親元から離れて、京都で大学生活を送ることになった彼が初めて購入した「LEvi’s_702(このEが大文字であることも、ビッグEといって、ヴィンテージシリーズであるこちらのデニムのこだわりの一つ)」である。クローゼットを整理中だった彼曰く、デニムといえばボタンフライというフロントスタイルが印象的で一目惚れだったそうだ。さらに他のシリーズでは見られないバックベルトがポイントで、今となっては太めのシルエットがクラシカルながら上品な印象である。購入当時はいわゆるブルーデニムだったそうだが、まるでウォッシュ加工をしたかのように太もも部分が色落ちしている。そして右足の下には敗れを補修に出した後がかすかに見られる。この部分以外にもほつれややぶれがある中で、わざわざ修理に出したそうだ。その修理の跡にも愛着がわき、自分だけのものという思いが強まったとのこと。
 
オーソドックスで当たり障りのない洋服選びに冒険心がまるでないと感じていたが、デニム選びではちょっと遊び心あるデザインやクラフトマンシップのような製作背景を大切にしてることを思いがけず知ることになった。
 
几帳面な彼らしく、アイロンがけでもしたかのようにきっちり生地を伸ばしてたたまれていたデニムは、10年近く眠っていたとは思えない風情である。デニム自体をはく機会がなくなった彼の生活スタイルも、この先また変化の時が訪れるその時には、またこのデニムに足が通る日が来るのだろうか。そんなまだ見ぬ未来をも空想させた。
 
衣服とは、不思議である。そのもの自体の存在や機能性以上に、たくさんの情報を持ち、それを介して、人の想像力に働きかける。それは、ある時は、その人が大切にしているこだわりであったり、ある時は、それを身につけているであろう未来であったり、はたまた、その衣服に込められた製作者の思いであったり様々だ。こうしたことに思いを馳せると、とりわけ衣服に愛着が湧きやすいのも腑に落ちる。自分を語る衣服が増えていくことは、自分が大切にしていることが徐々にわかっていく過程のようなものなのかもしれない。
 
 
 
 
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2021-02-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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