メディアグランプリ

芸は身を助けたり、助けなかったりする


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記事:青山二郎(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「おい! 再来週の土曜、例のやつ、頼む」
大学ラグビー部時代の先輩である山田さん(仮名:当時37歳)から、そんな電話をもらったのは、もう15年も前のことだ。
 
彼が言う「例のやつ」とは、私が学生時代から主にカラオケスナックやカラオケボックスで披露していた歌ネタの一つである。
 
サザンオールスターズのある曲に合わせて、身体のある一部分(腕ではない)に腕時計を装着して、歌詞に合わせて踊る。学生時代、相当な量の酒が入った頭に降ってきたインスピレーションから生み出された芸だ。コンプラ上、芸の詳細記述は自粛するが、念のためにいうと最後の一線(一枚)は越えない。私なりの一筋のプライドだ。
 
いずれにしても、当時、合コンが2次会のカラオケボックスに移行すると、この芸は威力を発揮した。大学を卒業したあとも、仲間数人の飲みでスナックなどが貸し切り状態になると、チーママや女の子たちを大いに楽しませた。
 
しかし、所詮、せいぜい10名前後のお客さんを楽しませるための芸である。
 
相変わらずコミュニケーションに難のある先輩に「いいですけど、土曜の午後、何があるんですか?」とおそるおそる聞いた。この先輩には、自分が気に入らない発言や質問をする後輩には、答える代わりに相手の肩を思いきりパンチする癖がある。電話越しなので、殴られる恐れはないのに、私はついつい声を小さくしていた。
 
先輩は「おめーに関係ねぇだろ」などと、相変わらず答えにならない答えを繰り返していたが、食い下がって聞き出したところ、「再来週の土曜午後2時から、大学時代のグラウンド横の駐車場で結婚披露宴をやることになった。お前には司会と余興の両方をやってほしい。余興では例の芸をしてほしい」というリクエストだということがわかった。ちなみに「司会」は、電話の途中で思いついたようだ。とんだ災難である。
 
先輩は、大学を出た後、紆余曲折があったが、その時は毎週末、大学のグラウンドを教室にして、地元の小学生たちにラグビーを教えるスクールを運営していた。結婚は2度目だった。
 
先輩によれば、その「青空披露宴」にはスクールの子供たちや親たちも出るとのことだった。
「出る、と言っても、当日のラグビーの練習後にちょこっと顔を出す程度の話だから」と言う先輩におおよその人数を聞いた。その数、200数十名……。
 
私は即座に「先輩、ちょっと待ってください。そんな集まるんだったら、例の芸じゃダメです」と伝えた。彼はすぐに「はあ!?」と声を荒げたが、私の「そんな人数相手なら、別の芸のほうがいいです。仲間数人を集めて踊る、爆笑必至のとっておきのやつがありますから」という真剣な説明に耳を傾けてくれた。
 
私はわかっていた。私のあの芸は、ごく限られた空間の限られた人数を相手にしか受けない。
 
たとえば、路上でフォークギター片手にラ甘いラブソングを歌っている青年が、いきなりフジロックのステージに上がっても客を熱狂させられる確率は非常に低いだろう。あるいは親戚一同が集まる法事の席で、話し上手の“おじさん”が古典落語のように毎回披露する私の両親のなれそめエピソードは、ルミネtheよしもとや浅草演芸ホールでは全く受けないのと一緒の論理だ。
つまり、「射程」が違うのだ。客のハートを射抜くには射程距離が短すぎて弾が届かない。
 
つい最近も、「芸の射程」を誤って大失敗した一国の元総理大臣がいた。公の会議の場で「女性理事が多い会議は長引く」と発言したことが国内外で大きな批判を巻き起こした。
その人の芸は「話芸」。
先日、Web媒体の文春オンラインに、あるお笑い芸人がこの一件に関する非常に的確な分析・解説記事を載せていた。
いわく、彼にとっての悲劇(?)喜劇(?)は、発言内容の酷さもさることながら、元総理という威光にあやかって群がる取り巻き相手の「いつもの会」ではウケたかもしれない話芸が、公の場でもウケると勘違いしたこと。
 
「女性の話は長くて困る」という公の場での発言も、その後の謝罪会見での「基本的に女性の話は長いと思っているか?」という記者の質問への「最近女性の話を聞かないからあまり分からない」という回答も、いつもの“場”でならウケたはずが、まったくウケなかった。射程距離が短すぎたのだ。
 
幸いにして、私は、この「一つの芸が届く射程の限界」を心得ていた。
だから、先輩から「いつものカラオケスナック芸」を200数十人の前で披露するよう指示されても従わなかった。
とはいえ、私のもう一つの「大人数用の芸」も、数人の男が全身に墨を塗って曲に合わせて踊る、という代物なので、偉そうに語れるようなものではないのだが……。
 
披露宴当日、私と仲間たち数人による踊りは、好評を博した。が、「新郎」は、ステージ下で、後輩たちに囲まれて焼酎をさんざんあおり、私たちの芸は全く見ていなかった……。
 
余興を終えた私は、ホッとする間もなく全身に墨を塗ったままの姿で司会業に戻った。懸案だった余興も無事に終わり、会も終盤に差し掛かったころ、雨が降り出した。
 
雨は、会を中止するほど強くなく、また、会も頃よく終わりに差し掛かっていたため、私は会を最後までやりきることにした。しかし、その「程よい雨」は、私も気づかぬ間に、全身を覆っていた墨を確実に洗い流していったようだ。
 
数日後、「半裸の司会の姿が不快だった」というクレームがスクール生の保護者数名から先輩に寄せられたそうだ。私は翌週末に行われた「反省会」で、結局、酔った先輩に肩を数発殴られた。これは悲劇というのだろうか、喜劇というのだろうか……。
 
 
 
 
***
 
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2021-02-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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