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人生はオセロゲーム


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西野順子(ライティング・ゼミ特講)
 
 
部屋を整理していたら、薄茶色に変色した会社の辞令が出てきた。かれこれ10年くらい前、私は入社以来ずっとやってきた事務職を離れ、それまでやったこともない営業の部署に異動になった。晴天の霹靂で、なぜ? とその時は目の前が真っ暗になった。
 
もともと、私は新卒で就職するときから特にやりたい仕事も特になく、バリバリ仕事に打ち込みたいとは思っていなかった。それどころか、仕事漬けになるのはイヤで、プライベートの時間はしっかり欲しかったので、就職活動で一番チェックしたのは、初任給ではなく年間の休日日数だった。何社か内定をもらった中で、最終的に入社を決めたきっかけは、休日の多さと「あの会社は社員がおっとりしていて、会社の雰囲気もいいらしいぞ」と言う父の一言だった。
 
そして、社会人としての生活が始まった。私が期待していた通り、毎日定時退社で残業もなく、土日祝は完全に休みだった。私は、アフター5や休日は、習い事をしたり映画やお芝居に行ったり、友達と会ったりして充実した毎日を楽しんだ。
 
入社した年、社内の懇親会の余興で一等賞の九州往復の航空券が当たり、年度末に一週間有休をとって九州旅行に行った。その時の上司がいい人で「一週間で休んだらまずいですかね?」と恐る恐る訪ねた私に、「うぬぼれるなよ。あんた一人ぐらいいなくても、職場はビクともしない。それよりは旅先でいろんな人に会って、いろんな経験して、それを今後の仕事に活かしたらいい」と言ってくれたのだ。
 
従業員が数万人の大会社で、自分の部署だけでも30人はいたので、新人が一人くらい抜けても全く影響はないとはいえ、そう言ってくれた上司には、今でも本当に感謝している。それに味をしめた私は、それから毎年好きな時に長期で休みをとっては、旅行を楽しんだ。同僚の中は3週間くらい休んでインドやアメリカを放浪していた猛者たちもいた。今から考えると、ゆったりしたいい時代だった。
 
居心地のいい会社であった。多少の浮き沈みはあったものの、私は淡々とした毎日を送り、気がついたら10年以上その会社ですごしていた。このままずっとこんな感じで定年まで行くのかなあ、とぼんやり思っていたあるとき、突然人材派遣・人材紹介をする部署に異動し、新規開拓営業をすることになった。今まで内勤で事務職しかしたことがない私にとっては一大事件だった。
 
派遣の新規開拓営業というのは、いわゆる飛び込み営業のことだ。それまでは事務所で一日のほほんと過ごしていたのに、新しい職場では毎朝来たらすぐに出かけて、三宮や元町にあるビルに手当たり次第に入る。そして、エレベーターで一番上に行き、ビルの中にあるすべての会社のドアの前に行って、一件ずつインターホンを鳴らして、派遣社員の需要がないかを聞く。
 
いきなり来られた招かれざる客に、忙しい時間を割いて会ってくれるところはまずない。毎日百件くらい訪問しても、会ってはもらえずにぴしゃりと断られるか、たまに誰かが出てきてくれても、需要はありませんとやんわりと言われる。
 
珍しくゆっくり話を聞いてくれる会社だと思ったら、そこは保険会社の営業所で「あなた、どうせ営業やるんだったら、ウチに来ない?」と口説かれたこともある。
 
くる日もくる日もそんな日が続いた。毎日朝から晩まで飛び込み営業をするのは、精神的には相当きつくて、毎日心が折れそうになったし、日曜日の晩になると、気分が落ち込み、明日が来なければいいのにと思った。同時期に営業になった人の中には辞めた人も何人もいた。私もこのままこんなことを続けていて何になるのかと思いながらも、辞める決心がつかなかった。
 
ある日、職場の先輩と食事をした時「新しい仕事どう?」って聞かれて、「朝から晩まで飛び込みしてると毎日精神的に辛い」と仕事のこと詳しく話したら、「よくやるよねえ。私だったら絶対できないわ」と言われた。彼女が悪気なくいった言葉がグサリと胸に突き刺さった。「私だって好きでやってるわけじゃない。あんたは同じ立場になったら会社やめるんか? 」と内心相当カチンときたが、何も言い返せなかった。
 
とはいえ、悪かったことばかりではない。神戸で仕事をしたのは初めてだったが、 三宮から元町のオフィス街はおしゃれなブティックが建ち並び、歩いていると、視界がぱっと開けて海やポートタワーが見えることもある。ああ、神戸ってこんなに綺麗な街だったんだ。気が滅入った時に、海の見えるおしゃれなカフェで昼食を食べながらボーっと海を眺めると、ちっぽけなことで悩むのは馬鹿らしく思えた。
 
仕事は、99%断られていたとはいえ、何件かは人材紹介の仕事の依頼もあり、実際に候補者の方をご紹介して、入社していただいたこともあった。最終的な入社の条件が合わずに、何回も何回も調整して、最後はお互いに納得いく形で入社が決まった方は特に印象に残っている。入社が決まったとき、会社の方にも、応募者の方にも、「ありがとう」ととても嬉しそうな顔で言われて、私も本当に嬉しかった。人の大事な瞬間に関われるって素敵なことだと思った。私がお客様から直接「ありがとう」と言われたのは、これがはじめてで、このときは「営業をしていてよかった」と思ったのだ。
 
工場の責任者の方に会社の理念や仕事の内容を詳しく聞いたり、応募者の方の今までの経験仕事観などをいろいろと聞いたが、このように、会社が大事にしていることや、個人の仕事に対するこだわり、思いなどを聞くのは、本当に楽しかった。会社ごとに、一人一人にそれぞれの歴史がある。それを知って人と企業を結びつけるのは、とてもいい仕事だなって思ったのだ。
 
結局一年もたたないうちにまた事務職に戻ったのだが、気詰まりなオフィスにじっと座っていなければならない閉塞感で苦しみ、自由に動けていた営業の時代が懐かしいと思ったから、変わったものだ。
 
今、私はキャリアコンサルタントとして、あるいはコーチとして、お客様が仕事やプライベートでの目標を達成するのをサポートしたり、転職や今後のキャリアについて一緒に考えたりしている。お客様一人一人の考え方や価値観を聞くのはとても興味深い。
 
振り返ってみればはじめて営業をやった時はとてもつらかったが、あの時代があったからこそ、今の自分がある。人生に起こる出来事はオセロの石のように、はじめは黒いと思っていても、何かをきっかけに突然全部の石が白くなる。私の恩師の一人が昔言ってくれたことがある。「順子、人生に無駄なことは一つもないのよ。最後にはすべてがつながってくるの」
 
 
 
 
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2021-02-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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