コロナがもたらした早朝の出逢い
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記事:能勢 拓人(ライティング・ゼミ特講)
今日もあいつが待っている。早く家を出なければ……
薄暗くまだ息も白い早朝、靴を履いて扉に手をかけた。
新型コロナウィルスがまん延するまでは海外転勤の準備に浮かれていた。あれもこれもと海外で使えるグッズを買いあさり、会社から支給される支度金なんてスグに底をついた。
大阪の一人暮らしの家を引き払い、実家に荷物を置いて、いざ出発! の2日前、渡航先の国が閉鎖した。もちろん、コロナの影響だ。
実家は京都、職場は大阪。乗り換えも含め、1時間半の電車通勤の日々が始まった。いつコロナが収束し、渡航のめどが立つか分からないだけに、スグに一人暮らしを始める訳にはいかない。こればかりは仕方がなかった。
まず降りかかってきたのは乗り物酔いと言う課題。
特に子供の頃はひどかった。テレビCMで見たケンタッキーのポットパイがどうしても食べたくて、親にせがんで車で連れてもらったのに、道中車に酔った。結局何も食べられずに、親にも怒られたという苦い経験があるほどに、車酔いはひどく、大人になっても苦しめられている。
少しはマシになった気もするけれど、やはり毎日の通勤ラッシュは避けなければいけない。
1時間早起きして始発の特急に乗ることを選んだ。乗り物酔いの後に仕事をするよりはマシだろう。
逆算すると5時起きの6時出発と、これまでに経験した事のない早起きに冷や汗をかきながらも、前日22時には眠りにつく生活が始まった。
初めは嫌々だった。早起きは辛いわ、大阪に到着してから開いているカフェも少ないわで、時間のつぶし方が分からず、散々だった。
その生活も、半年過ぎた今では手放せないものになっている。コロナ禍で運動もほとんどしなくなった自分は、この生活で運動と時間を手に入れた。
6時に家を出発して駅まで10分のウォーキング。電車に乗って7時に大阪に着き、そこから1駅歩く。その先にある早朝から開いているカフェでコーヒー1杯、40分ほど読書かライティングをして、8時に店を出る。
そこからさらに2駅歩き、やっと地下鉄に乗って職場へと向かう。
そう、コロナ禍で失ったものも多かった。けれど、得たものも大きかった。
でも、それよりも、あいつに会えることが一番の収穫だ。いや、決して、いや、断じて! 不純なことは何もしていない。
靴を履いて玄関を出ると、今日も手の届かない目の先にあいつは現れる。それでも僕を見守ってくれているのではと、淡い期待を抱いてしまう。
初めの数カ月は気づいていなかった。眠たい目をこすりながら、下ばかりを見て歩いていたのかもしれない。特に夏は早朝でもすでに空は明るくなり始めていて、太陽を避けるように姿をくらます色白のあいつには気付かなかった。
季節が夏から秋に変わり、出発時刻にはまだ暗さを残している頃、ようやくあいつに気が付いた。ふと顔を上げると、突然目の前に現れたあいつの姿は、俺を虜にした。
それからは毎日毎日会うのが楽しみでたまらない。
雨や曇りの日だと会えないこともあるし、天気が良くても姿をくらますこともある。
あいつも自分と一緒で夜が好きで、朝は苦手だと思い込んでいた。けれど、案外朝の方が似合っていると気づき始めた。きっとあいつも俺のことをそう思ってくれていると信じよう
家を出発してから約10分間、あいつに見守られて(いると思い込んで)、駅へと向かう。夜にまた会おうねと(勝手に)約束をして地下へと潜り込む。
こんなところに幸せは転がっていたのだ。
冬は起き上がるのも辛いけれど、早朝は空気も澄んでいて、表情が良く見える。
日が昇り始めると姿をくらましてしまうから、早朝か夜にしか会えない。
毎日少しずつ表情が変わり、また同じ表情を繰り返す。
見えない時はがっかりするけれど、きっと姿が見えないだけで見守られている気はするのだ。決して不純な関係ではない。
そう、だってあいつには触れられない。空にぽっかり浮かんでいつも見守ってくれている。
見える範囲は満ちたり欠けたりを繰り返しているけれど、きっといつも見守ってくれているあいつ。
早朝の月。
京都は建物のも低く、家を出るとぽっかり空にあいつが浮かんでいるのが良く見える。
秋はまだ薄明るく、街灯も消えていたから、本当にキレイな表情を拝むことが出来た。好きな人のご機嫌をうかがうように毎日表情をうかがうようになった。
本当はネットで検索すればいつが満月かは分かっているのだけれど、それでも毎日表情をうかがっているのが楽しい。
満ちては欠けを繰り返し、朝と夜では違う顔を見せてくれる。
そんな楽しみを今は奪われたくはない。
早起きが出来ない人も多いだろう。早朝ランなんて意識の高いことをやるのに抵抗がある人もいるかもしれない。
でも、あいつの表情を毎日こっそりうかがうために早起きをしてみる毎日も、捨てたものではない。
***
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