パンダになったカエル
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:宍倉惠(ライティング・ゼミ日曜コース)
なぜ君はここにいるの?
動物園の中の温室コーナーの片隅にいる毒々しい色のカエルに心の中で話しかける。カエルは何も答えず、ただじっと、小さな箱の中で眠そうにしている。あんまり小さい箱に閉じ込められていて不憫に思うが、彼らは別に気に留めてなさそうだ。
大した興味も示されず、つまらなさそうにしているカエルになぜか私は惹かれる。間抜けで何にも考えてなさそうな感じに、なんとなく親しみやすさを感じるのだ。動物園の人気者、例えばパンダなんかは、もっと打算的な気がする。自分を可愛いって知ってるよね? とあざとい仕草に突っ込みたくなる。
でも私は一度だけ、パンダ的体験をしたことがある。そしてそれはもうとても魅力的で、もう一度あの体験を、と思い焦がれてしまっている自分がいる。認めたくないが、パンダになった気分を味わったあれは他にたとえようのない……不思議な体験だった。そしてパンダを咎められないくらい、自分のあざとさはMAXだったと思う。
あれは5年前、わたしは大学を休学して農村で1年間の住み込みボランティアをするという、これまたなかなかな体験をしていた頃のことだった。農林水産漁業と様々な分野のボランティアをしていたが、その中のひとつに、産業・観光振興のお手伝いもあった。
その日は産業観光課の人と一緒に地元産品をもって、町外のお祭りにでかけた。今日はいつもと違ってドキドキしている。なぜなら今日、私は町のゆるキャラとしてお祭りに参加するのだ。
私の町のゆるキャラのあいつは、なかなか可愛いぽてっとした妖精ちゃんである。ときどき町に降臨するのだが、今回は私がそのお役目を拝命した。
お祭りには各町のゆるキャラがこぞって参加していて、専用のお着換えテントがある。有象無象のゆるキャラに囲まれながら、おお、みんなきっと何度も場数を踏んでいる猛者たちなのだろう……と初心者の私はキョロキョロ、ドキドキしていた。大丈夫、うちの妖精ちゃんはかなり可愛い、大丈夫……。
でも私は、可愛くふるまえるだろうか……大きな頭を渡されてごくりとつばを飲み込む。なんと言っても「演技」の類が本当に苦手なのだ。どうしても恥ずかしさが勝って、正気になってしまう。最も向いてない人員配置なのでは……と思いつつ、今更何を言ってるんだと自分を奮い立たせ、覚悟を決めて武装する。
すっかりモコモコで短足かつ頭でっかちになった私は、町の職員さんに手を引かれながらよたよたとテントを出て、いざ、出陣する。
早速子供たちが駆け寄ってきた。内心はどぎまぎしながらも、外見はにこにこの妖精は、子どもに握られた手を、恐る恐る握り返し、抱きつかれた頭を撫でてみる。
手を振ると振り返してくれて、駆け寄ってきて、一緒に写真を撮ってと話しかけられる。次から次へと集まってくる人々に夢中で応えているうちに、何のためらいもなくアイドルポーズをとっている自分がいた。いや、ゆるキャラの妖精がいた。不思議と、まったく恥ずかしくない。
なんだか、みんな可愛いのだ。子どもから大人まで、無邪気な笑顔で近寄ってくる。今、カメラのシャッターを切ったらきっと最高の笑顔だろうな、と、つぶらな瞳から許されたわずかな隙間から皆の笑顔を眺めていた。
本当は中に入っているのはカエルのように地味でぽけっとした私なのだが……そのときはまちがいなく妖精になりきっていた。「演技なんてできない」そう思っていたのが嘘のように、人生でしたことのない可愛らしい仕草でこれでもかというくらい人々をもてなして、皆が楽しそうで満足感でいっぱいだった。ゆるキャラの着ぐるみには不思議な力がある。人を笑顔にする力だ。
あれは間違いなく、パンダ的体験だった。何をしても無条件に可愛いと言われ、取り囲まれる。あざとくなっても仕方ない。そしてあの体験はなんだかとても幸せだった。今の仕事がもし急になくなって転職するとしたら遊園地の着ぐるみかな……と思ってしまうくらい、魅力的な瞬間だった。
しかし、いつもあれだと疲れるかな、なんて、呑気そうなカエルを見てると、そんな風にも思う。身の丈に合わないことは、たまに挑戦して楽しむくらいがちょうど良いのかもしれない。だって私、本当は可愛くて人気者なパンダちゃんではない。ぽけっとしているカエルの方が、親近感がわく。
たまーにパンダになりたいな、と思うこともあるけれど、きっとあの特別な日はもうきっとないのだろうね、とカエルに話しかける。やっぱりカエルは何も答えない。そんな彼を見て思う。人気者にならなくたって、私は私らしく生きればいいのだ。
***
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