メディアグランプリ

空っぽの身体と冷蔵庫


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:宮崎真帆(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「これが私の冷蔵庫」
そう言って見せた中身に、友人は絶句した。たしか社会人一年目のことだ。
 
このときは趣味のDVDを一緒に見る約束をしていて、友人は遠路はるばる一人暮らしの私の部屋までやってきた。そうしてたっぷり堪能したあと言ったのだ。お礼に夕飯でも作るよ、と。
「買い物、行かなきゃ何もないよ」
料理好きの友人の提案は嬉しいが、あいにく家に食材はない。
「そんなに?」
首をかしげる友人に、ほら、と冷蔵庫を開ける。単身用の冷蔵庫にはぽつんと牛乳だけが鎮座していた。好物がミルクティなので牛乳だけはある。ただ、ほんとうにそれだけだ。寒々しいという言葉がこれほど似合う光景もない。うわあ……、とつぶやいた友人に、私は窓から見える看板を指さす。そこには、二十四時間スーパーの文字が夕日を受けて輝いていた。
「……普段どうしてるの?」
しばらく目を瞬かせていた友人が、我に返ったように口を開く。普段? と聞き返すと、食事、と苦い顔をされた。
「ああ、それなら」
視線で棚を指せば、そこにはカロリーメイトの黄色い塊が束になって並んでいる。
さらに渋い顔になる友人に慌てて、
「あっ、もちろん買ってきたりもするよ!」
そう付け足したけど嘘である。
外出のついでに買って帰ることはあるけれど、カロリーメイトで済むならそれにこしたことはない。
「ちゃんと食べないとダメだよ」
真摯な顔でそう諭す友人に感謝しつつ、聞き流したのを覚えている。
 
食事について、人が思うことは様々だろう。
好き、嫌い、そもそもそういう基準で考えたことがない。
「だって、食べなきゃ死ぬじゃん!?」
友人の言葉だ。その通りである。
その通りであるが、食べずに済むなら食べずに済ませたい。
食事が嫌いなのかと思われそうだが、食べることは嫌いじゃない。むしろ好きだ。流行のパンケーキ屋に三時間並ぶのも平気だし、飛行機で一泊かけてディナーに行くのも苦じゃない。
ただ、それは毎食じゃなくていいのだ。おいしい食事が月に一、二回できれば十分で、それ以外はどうでもいい。だいぶ乱暴に聞こえるかもしれないけれど、正直なところそんな気持ちだ。とはいえ身体に栄養が必要なことはわかっているから、とりあえず何かは食べる。
プロテインやダイエット飲料を食事代わりにしたこともあれば、完全食(それを食べるだけで一日の栄養素の何割かがまかなえるという夢のような食品だ)を片っぱしから試してみたこともある。いっそ点滴でいいのにな、と思ったこともある。
とはいえこれがあまり褒められたことではないのはわかっていた。自分の思考ながら呆れて、これほど毎日の食にいい加減なのは私ぐらいのものだろうと思っていたこともある。けれど、SNSを見ていると意外とそういう人間はいるらしい。新しい完全食が次々と開発され広告が流れてくることから考えても、少なくない数が存在しているのだなと思う。
一人暮らしを始めたころは、頑張って自炊を考えていた日々もあった。けれど単身用の小さな台所での料理は、よほどの根性と執念がないと難しいのだ。私みたいな人間が食品を買って冷蔵庫にいれても腐らせるだけなので、ついには何も買わなくなった。お腹が空いたら棚のカロリーメイトを食べるか、スーパーに買いに行く。その方が合理的だ。
こんなことをいうと育った環境を心配されそうだが、特に問題があったわけでもない。実家で暮らしていたころは、三食、普通の量を食べていた。
つまり用意はおろか食事をする手間がわりに合わない、というそれだけの話なのだろう。
食べることすら面倒だという、怠惰ここに極まれり、そう言われても仕方のない状況である。
 
そうして過ごす日々になんの疑問も不都合もなかった。
けれど、変化は急にやってくる。
楽しみにしてた月に数回の食事の日。運ばれてくるものが、ふと色褪せたのだ。
前菜はまだいい。スープも美味しい。けれど、魚料理あたりからおかしい。美味しく思えない。胃の入り口が閉まる。肉料理に気分が悪くなる。吐き気が喉をつたってくる。息が苦しくなる。汗が出てくる。口を開けない。受け付けない。
そう、食事が最後まで食べきれないのだ。
最初は何が起こったのかわからなかった。日々の食事なら気にしないが、楽しみにしていた食事がこれでは本当に困る。
 
理由が思い当たらず首を傾げていたが、あるときふと気づいた。
極端に抑制された食事の結果、胃が小さくなって食べ物をあまり受け付けなくなってしまったのだ。栄養素は食べないなりに気にしていたが、胃の容量は完全に想定外だった。
大慌てで惣菜を買うようにして、少しずつ食べる量を増やした。けれどこれがまた大変だった。吐き戻すようなことはなかったけれど、食べるとなぜかぐったり疲れてしまう。食物の消化には体力を使うのだな、とこの時、私は初めて知った。
 
そうして意識的に食事をするようになって二、三年。その日々は思った以上に大変だったが、明らかに身体に変化があった。
身体も頭も随分とすっきりしたのだ。
食事を疎かにしていた時も、とくに怠いと思ったことはない。けれどそれは、その状態に慣れていただけなのだと今ならわかる。いつもぼんやりとしていた頭の中も、それが普通だと思っていた。今は、驚くほど澄んでいる。
 
散々言われていることではある。
けれど、やはり食事は大切なのだとこの時、心から実感した。
 
栄養はとっていたつもりでも、私の身体の中はあの小さな冷蔵庫みたいにスカスカだったのだろう。そんな状態で動いてくれていた身体に感謝して、これからは労わっていこうと思う。
とはいえ、相変わらず日々の食事に興味はない。それをふまえて考えた結果、二週間に一回、冷凍の食事が自宅に届くようにした。食べないと冷凍庫が溢れるので、ちゃんと食べる。そういう理屈なのだが、今の所これはうまくいっている。
 
なので、今、私のように日々の食事に興味のない人も、ぜひ一度しっかりと食事をする生活を経験してみてほしい。面倒なら考えなくて済むように宅配などに頼ってしまっていい。今まで特に不調を感じていなくても、身体が生き返るのがわかると思う。
 
 
 
 
***

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2021-05-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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