深海で暮らす生物の過酷な恋愛事情
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記事:山口 幸美(ライティング・ゼミ日曜コース)
私の住む福岡市は、女性の未婚率が全国トップクラスだ。
男性比率の低いこの土地で、独身女性たちは日々ライバルとしのぎを削っている。戦に勝つべく、自分磨きを怠らない女性が多いためか、福岡市は美人が多い都市としても知られている。確かに街を歩けば、若くてキレイな女性で溢れている。
おそらく福岡市は、日本一の恋愛激戦区だ。
かくいう私も、35歳独身。
年齢とともに、年々減っていく合コンや友人からの紹介話。追い打ちをかけるように、新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛。普段の生活で、異性との出会いなど皆無だ。
しばしば独身の友人と集まっては、現状を嘆いている。
しかし、この福岡市の比ではない、過酷な環境での恋愛を強いられているものたちが存在する。
深海で暮らす生物だ。
水深200メートル以上。太陽の光がほぼ届かない暗くて冷たい深海では、エサとなる植物が育たないため、住んでいる生物は少ない。それゆえ深海でオスとメスがたまたま出会う確率は、かなり低い。
では、どうやって深海の生物たちは子孫を残してきたのか?
その答えは、過酷な環境に適応するために進化を遂げた、摩訶不思議な生態にある。
例えば、欧米でトカゲ魚と呼ばれている不気味な顔をしたシンカイエソは、「雌雄同体(しゆうどうたい)」といって、精巣と卵巣の両方をもっている。これは、たまたま同類のシンカイエソに出会ったとしても、同性だったため繁殖ができないということを防ぐために進化したとみられている。
なんとも合理的だか、いかに深海での出会いが希少であるかがわかる進化だ。シンカイエソから見れば、ドアを開けて外に出れば異性だらけの福岡市など、夢のような環境なのかもしれない。
その他にも、体がスケルトン状になっていて、内臓まで透けて見えるオニアンコウという魚のオスは、メスを見つけると体に噛みつき寄生する。
……私の頭の中を「ヒモ」という言葉が駆け抜けていった。
しかし、このオニアンコウのヒモレベルは、人間の常識を超えている。
メスに噛みついたオスは、自分の血管をメスにつなぎ、生きるための栄養や酸素をすべてメスからもらうようになるのだ。こうして最上級のヒモとなったオスは、その後の人生を繁殖のためだけに生きる。そして繁殖を終えたオスは、やがてメスに吸収され、最後にはメスの一部になってしまうのだ。
これはもう自分の一生を1匹のメスに捧げる、オニアンコウの純愛といってもいいのかもしれない。しかし人間界においては、オニアンコウのような男性には、十分注意が必要だ。
純愛といえば、深海には究極の夫婦愛が存在する。
ドウケツエビという小さな深海エビのカップルは、カイロウドウケツという表面が網目になっている円筒状の生物を見つけると、2匹で中に入り同棲生活を始める。
多くの場合、1つのカイロウドウケツに入っているのは、ドウケツエビ1組だけ。しかもドウケツエビは次第に大きくなり、カイロウドウケツの網目を通れなくなる。
つまり2匹のドウケツエビは、誰にも邪魔されることなく、病める時も健やかなる時も、カイロウドウケツの中で一生を過ごすことになるのだ。浮気も離婚も許されない、究極の夫婦の形だ。
窮屈にも思えるが、エサの少ない深海で、カイロウドウケツからエサをもらえ、敵からも身を守れるこの住まいは、ドウケツエビにとっては最高の環境なのだ。
ちなみに、カイロウドウケツという名前は、夫婦が仲睦まじく添い遂げることを意味する「偕老同穴」という中国の故事成語にちなんで名づけられている。
しかし、もし人間界で、「結婚したらカイロウドウケツの中で一生暮らす」という法律ができたとしたら、どれくらいのカップルが仲睦まじく添い遂げることができるのだろう。たとえパートナーとケンカをしても、共同生活でストレスが溜まっても、一切逃げ場はないのだ。日本の生涯未婚率は、さらに高くなるような気もする。
このように、深海には様々な生物が暮らしている。
暗くて冷たい、エサも少なければ、パートナーに出会う確率も低い。そんな過酷な環境に適応するべく、深海の生物たちは進化し、たくましく生きている。
一方、私たち人間の暮らす世界では、新型コロナウイルス感染拡大により、自身を取り巻く環境は大きく変化した。
朝起きて会社に行く。休みの日に友人とイベントや旅行に出かける。街に出て異性と知り合う。そんな当たり前のことができなくなり、対面でコミュニケーションを取ることさえ難しくなった。
しかし「環境が悪い! コロナのせいだ!」と嘆いてばかりはいられない。コロナ“だけど”出来ること、コロナ“だから”出来ることを探し、環境に合わせて進化していかなければならない。深海で暮らす生物たちのように。
私は今日からダイエットを始める。並みいるライバルに打ち勝ち、偕老同穴な夫婦になれる相手を射止めるための、第一の進化だ。
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