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私がそこに戻らない理由

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:旅河 侑生(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「お前は向いていないよ」
職員室に園長のぶっきらぼうな低い声が響いた。
忘れもしない3月31日。園を去るその日に言われた一言。
 
「そうですね、向いていませんでした」明日からもうここには来ない、しばらく会うことはない、そんな気持ちで返した精一杯の返事だった。
「次は何をするんだ」
「S園で採用してもらえました」してやったと思った。その返事に「そんなことならここに居ればよかったんだ」その一言を残し彼は部屋を出て行った。
 
中学受験から大学まで全ては順調だった。将来は子どもに近い仕事がしたいという理由で教員を志した。
授業の「自分の幼稚園を作る」という発表で「馬を飼って、庭に小さな線路をひいて電車を通します」と夢を語った。壮大な計画に友達にも笑われた。
 
就職活動で地元に戻り第一志望の母校の園は採用がなく、見学にきてみてはと言わた園に向かった。庭掃除をしている男性が案内をしてくれた。無精髭を生やし、ぶっきらぼうな対応だった。彼が遊戯室のカーテンを開けるとなんと馬がいた。
私の驚いた様子に男性が、「あんた、馬が好きなの」と声をかけた。
「はい、馬を飼うのが夢だったんです」
「なら受けたらいい」無精髭の男性は園長だった。
 
結果は合格。夢の教員になれた。夢の馬のいる場所で働くこともでき、また順調だ。しかし、それもここまでだった。
 
32人の子どもたちの担任になった。1名ベテランの先生が一緒に保育をしてくれた。子どもへの対応も、日常の暮らし、外遊び、遊戯……全てが机上で学んだこととは違いぎこちない。子どもたちはそんな先生には安心感が持てず、担任が私であってもベテランの先生を頼りにする。信頼関係をなかなか構築することができない。
「Aちゃん、先生お手伝いしようか」
「いい、M先生にやってもらう」そんな言葉に毎日傷ついた。最初のつまずきだった。
 
保育の他に毎日の膨大な記録、工作の準備、会議、バスの添乗。
そして憧れだったはずの馬の世話。馬を見るのも嫌なくらい、何もかもが邪魔に感じられた。現実は厳しく突き刺さった。
 
山のようにある仕事に体は疲れきり、心も限界を迎えていた。私の姿を察してか2年目は担任から外され、教務の仕事に就いた。子どもに直接関われない部門に異動させられ散々泣いた。なんのために教員になったのかと。2年目などで異動させられない部門に異動なんて馬鹿にしていると園長を深く恨んだ。順調からの落第、挫折だった。
 
ある日、一人で馬小屋の掃除に出かけた。教務はそんな仕事の連続。夢だったはずじゃん、とふてくされている自分がいた。
馬小屋に行けば一人になることができて気が楽だった。
 
いつものように掃除をしていると、馬がこちらによってきた。振り返った瞬間、肘の下がすっと吸い込まれるように馬の口に入ってしまった。「あ!」気づくと噛まれていた。
馬の奥歯はゆっくりと力が入り、腕が潰されるようにジワジワと痛みが走る。「痛い」このまま蹴られて死ぬのか……と覚悟を決めた時「キャー!」と叫び声がしてH先生がやってきた。彼女は竹箒で必死に馬を叩いて口を開けさせた。私の腕はスルリと抜けた。
 
彼女は「よかった、本当に、先生一人でやらなくても手伝うのに」と本当に安堵しながら言ってくれた。
恐怖からじんわりと汗がにじみ「助けていただいて本当にありがとうございます」と涙ながらに謝罪を繰り返した。
 
私は異動が決まってから「落ちこぼれ」と思われるのも嫌で、上司や仲間と距離を置いていた。しかし、この馬小屋での出来事で「一人でやらなくても」「怪我しなくてよかった」と思ってくれている人がいる事に気付きどこかで嬉しかった。
 
1年だけ。少しだけ自分の何が悪かったか考えてみよう。子どもに信頼されなかった理由は、経験の不足じゃなく子どもに対する自分の心の寄せ方が足りなかったに違いない。
 
そう、1年だけ。
担任に戻れるように、子ども達や他の先生に心を寄せて、喜ばれる教務になろうと必死仕事をした。
 
季節は巡る。そうしているうちに、ある日中学の恩師から携帯に電話があった。
第一志望だった母校の園に採用があるという。現状に迷いながらも、私は試験を受け合格した。
明日を思い描けなかった時、馬小屋でのあの出来事がなければ合格は勝ち取っていない。人の温かにさえ気づいていなかった。馬は夢を見させてくれ、現実に引き戻し、もう一度前を向く力をくれた。不思議な縁だ。
 
あの2年が糧となり、それから10年担任となりリーダーとして8年を過ごした。最初につまずいた「信頼」を築く方法も得て、苦労もあったが毎日が楽しかった。
 
退職した理由は出産だったが、その後教員の仕事には戻っていない。退職後に商品開発、営業マン、事務員、様々な仕事をしてよくわかった。
 
園長の言った通り。
私には教員は向いていなかったから。
 
あなたのぶっきらぼうな言葉は間違いではなかったと20年後の今、感謝をしてやまない。
 
 
 
 
***
 
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2021-08-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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