メディアグランプリ

正義の話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石綿大夢(スピード・ライティング特講)
 
 
僕には、“恩師”とは認めたくない先生がいる。
その人は、高校の担任の教師だった。とても気難しく、厳しい先生だった。
 
僕の通っていたのは、神奈川県の進学校で、校則が厳しいことでも有名だった。
柔道・剣道を始めとした多くのスポーツでも全国的な有名校だったこともあるのだろう。シャツが出ていたり、ワイシャツの第一ボタンを留めていないと、巡回している生徒指導の教師や担任にかなり厳しく注意をされた。
ヘアーワックスも禁止で、友人が体育教師に首根っこを掴まれて、トイレで髪を洗われているのを覚えている。今思えば、完全に体罰だったと思う。
 
生活習慣に厳しい校風だったからか、日常的に“生活習慣シート”なるものを担任に提出することになっていた。
紙には一週間分の睡眠時間や、勉強時間などを記入し提出する。一日の勉強時間が確保できていないものには、容赦無く赤ペンで注意書きが入り、担任からの声掛けがある。
しかし、いくら進学校とはいえ、そんなものを真面目に書いているやつは一人もいなかった。みんな担任に注意されない程度に、“嘘”の日常を書いて提出していた。
 
「おい、どういうことだ? 試験前なのに勉強時間が少なすぎるぞ」
高校時代の担任、名前をモジって僕たちは“ジャスティス”と呼んでいた。何人かいる学年の教師の中でも、ひときわ小うるさい先生で、僕らは彼に日常を監視されているような気分だった。
凡ミスをしてしまった。今朝、焦って提出した“生活習慣カード”の中身を、“本当の”タイムスケジュールで記入してしまっていた。文化祭を間近に控えた時期で、部活動で発表を控えていた。そんな時期に、日々の予習復習なんかできるわけがない。
「おい、こんなことでは志望校に受からないぞ」
この何かとはじめにくる「おい」が彼の口癖で、皆で真似しては馬鹿にしていた。
 
「おい、なんだこれは? こないだまでのものと全然違うじゃないか?」
ジャスティスが帰りのホームルームが終わったばかりの僕を呼び止めた。
志望校のことだろう。高校二年生の夏、僕はそれまで志望していた教育分野の学部への進学を、一気に別の方向に舵を切った。それまでは両親の仕事が教師だったこともあって、漠然と教員を志望していたが、他にやりたいことが見つかったからだった。
一度しかない人生だから、と両親を説得し、意を決して志望校の変更届を出した。それまで◯◯大学教育学部という名前が並んでいた枠に、◯◯大学芸術学部という名前が並んでいたのだから、今思うとジャスティスの動揺もわからなくはない。
 
「本当に、これでいいのか?」ジャスティスは何度も何どもしつこく確認してくる。
僕はその時の心境の変化を、きちんと話した。なんとなく教師を志望していたこと。新しいやりたいことができたこと。両親を説得済みなこと。
しかしジャスティスは引き下がらない。あれこれ理由をつけて、僕の志望校を以前のものに戻したいようだ。
「……それにこの志望校、どれも今のレベルでは受からないだろう?」
流石にカチンときた。そりゃあ、進学校として名高い高校の中でも、僕の成績はほぼ底辺だったけど。やりたいことができた、その生徒を応援してくれたっていいじゃないか。前向きに見守ってくれたっていいじゃないか。
 
「わかってますから、大丈夫です!」
ほとんどキレていたと思う。もう生徒もまばらになった廊下で、強くそう言い放ち。僕はジャスティスに背を向けて歩き出した。
それからは必死だった。
高校三年生の夏の大会が終わるまで部活動をやることに決めていた僕は、部活動と勉強の両立を余儀なくされた。部活は悔いなく終わりたい。でも勉強だって頑張りたい。
勉強でくじけそうになるたび、あのジャスティスの皮肉っぽい、嫌味な顔が頭をよぎる。
絶対に見返してやる。志望校に合格して、あの時のセリフを後悔させてやる。
悔しさをバネに机にかじりつく生活が続いた。
 
「……合格、しました」
ちょっと言いにくそうに志望校への合格を告げると、ジャスティスはそれまでの嫌味っぽい表情を吹き飛ばして、笑顔で言った。
「おめでとう、よく頑張ったな」
そりゃそうだ。あんたを見返したくて、必死で勉強した。毎日参考書とにらめっこし、問題集の上で寝た。ジャスティスは調子よく肩まで叩いてくる。なんだよ今更。手のひら返したように喜んで。
 
卒業以来、ジャスティスとは連絡を取っていない。もともと生徒と打ち解けるタイプの先生ではなかったから、当然かもしれない。
僕は、あんたを恩師とは認めたくない。あなたの嫌味な言動に、毎度イライラしてきたし、今思い出しても正直腹がたつ。進学校だから、クラスの生徒の進学実績も、教員の査定に響くのだろう。
でも全部終わった後にいくら声をかけてきたところで、あなたのために頑張ったわけではない。僕がした努力は、全部僕のためだった。
でも今あの時を思い出しても、“恩師”とは呼べないが、
あの嫌味でしつこくて、皮肉な態度に、先生なりの“正義”があったのだと、理解できるぐらいには、大人になったと思う。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2021-09-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事