一人で死んでいった兄のこと
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記事:Molly(スピード・ライティング特講)
人のミイラの姿って……。こんな感じ? テレビで見るのと変らない。本物? これが人間? 上野の博物館でやっているミイラ展で見るのと大差ない。
これが自分の身内かと思うと、なんか不思議。本当は嘆き悲しむところなんだろうけど、そんな感情が沸いてこない。ミイラ化された兄の顔を見ていると、この人の魂はどこへ行ってしまうんだろうと思った。
兄がミイラになった。死後一ヶ月以上経って発見された。
ある日、警察から電話がかかってきた。
「お兄さんが遺体で発見されました。身元確認に来てください」
その電話を受け取ったときは、
「あーとうとうこの時がきたか……」
と思っただけだった。生活保護を受けて生活をしていた兄。生活保護を受給することを勧めたのは私だから、身元保証人として、区役所に私の名前と電話番号を教えていた。生活保護を受けるまでには相当な時間がかかった。どうでもいいプライドが邪魔していた兄。親とは絶縁状態。兄と親の間に何があったか私はくわしく知らない。兄はいつも「今度ちゃんと話すよ」とは言っていたけど、ちゃんと聞いたことがなかった。簡単に言えば、子どものころ父からも母からも虐待をされていたということらしい。母からの虐待は、私も目の前で見ていたし、私自身も受けていたから、よく知ってる。しかし、兄が父から虐待を受けていたことは全く想像がつかない。私にとっては可もなく不可もない父だったから。母の言いなりだったけど、私にはやさしかった。かといって、頼りになる存在でもなく。
ある時期から兄はパーソナリティ障害になり、そしてパニック障害にもなっていた。その原因はよく分からないけど、二十代前半に定期的にカウンセリングを受けていた私は、カウンセラーに兄の話をしたら、
「たぶん、お兄さんは長生きしないでしょうね」
と言われた。それを鵜呑みにした私は、兄は三十代半ばで死ぬと思っていた。だから、四十代半ばまで生きていたことは、私からすると「よく生きた」感じだった。兄の遺体に会ったときに最初に私がかけた言葉は、
「良かったね。もう苦しまなくてすむよ」
生活保護受給者が、生活保護費の支払い日になるとATMの前に並んで、時間が来たと同時に全額を引き出してパチンコに行く生活保護受給者がいることをニュースや情報番組で見たことがあるが、兄がそんな生活をしていたようで、
「本当にそんなヤツいるんだ。まるでテレビドラマにでてくるヤツみたいだな」
と妙に感心した。警察からそんな話を聞いた母は、
「本当にすみません、みなさんの税金をそんな風に使って。本当にすみません。本当にぃぃ……」
と泣きながら警察に謝っていた。兄は「金」に振りまわされて、「金」に殺された人だと思った。全然大金じゃないけど……。常に兄は金の無心をしていた。ずいぶんと長い間連絡がなかったかと思えば、突然電話をかけてきて、
「3,000円でいいからお金貸して。1,000円でいいから……」
だけど私は絶対に貸さなかった。なぜなら一度貸したら2度、3度あることを知ってたから。
きょうだいでしょ? 非情だ! なんと言われようと貸さないことが私から兄への愛だった。兄にはまともに生きて欲しかったから。でも、その金の執着はいったいどこからくるのか……。金もないのにブランド物の服を着て、ブランド物のバッグを持ち、青山の紀伊國屋で食材を購入するような生活。なんて空虚なんだ。そんな空っぽの生活をしている兄が大嫌いだった。これも親との関係がうまくいかなかったということが原因なのか。それにしても、あれだけ見た目を気にして生きてきた兄が、人からどう見られるかを一番気にして生きてきたような兄の最後が、ミイラ。本当の死亡日がわからない。たぶん死後一ヶ月くらいだろうといわれた。だから「命日は一ヶ月くらい前の好きな日にしてあげてください」と警察から言われた。棺桶に入った兄は、検死で体を切り刻まれた傷跡があるからなんだろうか、それを隠すように顔だけしか見えなかった。そんな兄の姿に抱きついて泣き続け、ミイラになった兄の顔を触っている母の姿を見ていると、「親の愛ってなんだ?」と不思議に思う。泣いたところを見たことがない父が涙を浮かべている姿を見ると、親の愛の理不尽さや矛盾を感じた。自分のDNAを持つ我が子への愛はいったいどれほどのものなのだろう。
兄と親は絶縁状態にあった。でも私は、本当は兄は母親のことが大好きだったんじゃないかと感じる。母のことが大好きで、母から愛して欲しかったんだと思う。ただやさしく抱きしめて「ごめんね」と一言言ってもらえればそれでよかったんじゃないか。口を開けば兄への文句と愚痴ばかりの母だったけど、母だって兄のことを愛してたと思う。ただ、兄が欲しかった愛の形と母が与えた愛の形が違いすぎて、お互い愛だと気づかずすれ違い過ぎた結果、二人の関係がこじれすぎてしまったんだろうな。哀しい愛の形。
私は、自分の子ども達をきちんと愛せているだろうか? 私の愛は子ども達に届いているだろうか? 子どもが欲しい愛を渡せているだろうか? 親の愛は子をこじらせることも、子を成長させることもできる。時々、私は、子ども達への愛に不安になるときがある。そんなことを思いながら、子ども達がテレビを観て笑っている姿を見つめた。
***
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