愛する妻に裏切られた日
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:日下秀之(スピード・ライティング特講)
「夫婦関係の中で、最も大事なものは何か」と聞かれてあなたは何と答えるだろうか。
もちろん正解はないのだが、自分たちは「正直さ」を大切にしていた。
お互い隠し事はせず、気持ちを素直に伝えること。これが夫婦円満の秘訣だと思っていた。
それが、あんなことになるなんて。
妻が自分の知らぬところで、裏切っていたなんて。
話はある夏の日にさかのぼる。
当時妻と結婚したばかり。妻の友人を呼んだ結婚パーティが無事に終わり、一息ついたころだった。
「これ見て!」
妻がスマホの画面を見せてきた。
――森に迷い込んだ女の子。
きた道がわからず、うつむくばかり。
「この森にはあなたの大切なものが眠ってるよ」
顔を上げると、太陽がにっこり微笑んでいた。
「たいせつなもの……!?」
ぐんぐんぐんぐん森を探す。
けれどどこにも見つからない。
「私には手に入れられないものなんだわ」
女の子は泣き出してしまう。
見かねた月がそっと輝いた。
「この謎をといてごらん」
森の動物たちの力を借りて謎を解き終えた先に待っていたのは……。
謎解きイベントへの応募ページだ。
ホテルへ泊まり、ホテル中を探し回って謎解きができるらしい。
泊まれる謎解き。いい響きだ。
ストーリーも自分好みだし、何より着目すべきはその開催場所だ。
「ニコホテル」と書いてある。この文章を読んでいる人は知る由もないが、我々夫婦にとっては非常に重要な場所だ。
付き合っていたころ、自分は女子禁制の独身寮、妻はシェアハウス住まいだった。二人だけで過ごす場所に苦労し、コロナ禍で気軽に旅行にも行けなかった。
いつしか予定のない休みはキッチン付きのホテルで同棲ごっこをするのが恒例になった。
いくつものホテルを渡り歩き、見つけたのがニコホテルだった。
白を基調とした洗練された部屋。キッチンも充実、食器も完備。何よりコロナ禍ということもあってか、非常に安い。玄関には卓球台も置かれている。何故か部屋にベッドがたくさん置かれている。
すっかり気に入った我々は幾度となくニコホテルに泊まった。
付き合って初めてのゴールデンウィークはここで過ごした。二人の今後を揺るがすような大げんかをしたこともあった。
二人が恋人から夫婦になる上で、このホテルの存在は欠かせなかった。
募集ページの最後にホテルからのメッセージが書かれていた。
「コロナウイルスが流行して約1年半、ニコホテルの宿泊数は激減しました。正直、もう限界です。ニコホテルに来る理由を作ることはできないか? お客様に楽しい思い出を作ることはできないか? その想いから今回の企画は生まれました。あなたの夏の思い出になりますように」
……行くしかない。
仲人のように夫婦仲を取り持ってくれたニコホテルに、恩返しのチャンスだ。
日程を見ると、1か月先の1日程を残してすべて売り切れていた。
ちゃんと売れているようで若干ホッとしながら、すぐに予約をした。
時間は過ぎ去り当日になった。
謎解きイベント自体あまりいったことがなく、テンションが上がる。
気分を上げようと結婚式で着るような正装をした。妻もパーティードレスを着た。
自動チェックインでカギを受け取り、部屋に向かう。
何度も泊まった部屋のいつもの机に小箱とカードが置かれてある。
小箱はダイヤル式の南京錠がかかっており、カードには「部屋中に隠されたカードを探し、謎を解け」と書いてあった。宝探しの始まりだ。
ベッドの下、洗濯機の底……。部屋中からカードが出てくる。
暗号が書かれたカードが半分。もう半分は様々なキャラクターの設定カードだ。
例えばリスのカードには「森の人気者。好きなものは水曜日。嫌いなものは虫食いどんぐり」などと書いてある。かわいい。
自分が詰まると絶妙に妻が閃く。謎解きは順調に進んだ。
無事すべての謎を解き終えると、南京錠の番号がわかった。
南京錠を開けると、中から別の部屋の鍵が出てきた。面白い。
ワクワクしながら次の部屋の扉を開ける。薄暗いが、部屋が飾り付けられているのが見える。
奥に入ると、思った以上に様々な飾りがされていた。写真が壁中に貼られ、ベッドの上にはカラフルな風船。部屋中がパーティーグッズで飾り付けられていた。
コンセプトが設定された部屋の中で謎を解くのか。いいね。
さて、何から始めよう。部屋の入口で電気をつける。
手始めに壁に貼られた写真を見ると、
そこには自分が写っていた。
「……え?」
パァン!!パン!
衝撃音が鳴り響いた。
「うわあ!!」何かが爆発したと思った。人生で初めて腰を抜かした。
爆発の方向を見ると、自分の友人達が、クラッカーをもって笑っていた。
状況がつかめず完全にフリーズする。
周囲の反応を見るに、どうやら自分は騙されていたらしいが、
何が何だかわからない。
困惑する自分に、妻が説明を始める。
2か月前の結婚パーティに自分は友人を呼ばず、妻の友人だけを呼んだ。
理由は簡単で、断られるのが怖かったからだ。
北海道の奥地という特殊な場所での開催ということも、誘わない言い訳を増やしてくれた。妻が呼びたい人がたくさんいたから、「それでいいよ」と自分は友人を呼ばなかった。
パーティは心の底から楽しかった。同時に、やっぱり自分の友人も呼んでおけばよかった、と後悔していたのも確かだ。
見かねた妻が、内緒で自分の友人に声をかけ、今回のイベントを企画し、自ら作った偽の謎解きイベントに自分を連れ込んだ、というのが事の顛末だった。
すべては妻の掌の上だったのだ。
謎解きも、キャラクターの設定も、イベントの募集ページすらも妻が作ったものだった。一つしか空きがなかった開催日は初めから仕組まれていた。順調に進んだ謎解きは、妻に常に進度をコントロールされていた。ご丁寧にホテルに許可もとっていた。
その日は、最高の一日になった。サプライズは続き、70人以上の友人からの寄せ書きが、最後のプレゼントだった。
こうして自分は約2か月の間、妻に裏切られていた。
そして、自分にはかけがえのない「大切なもの」があることに気が付かせてもらった。
それは同時に謎解きの最後の答えだった。
「友達」だ。
***
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