メディアグランプリ

バスでバトンリレー  それぞれのおわりとはじまり


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:野地美咲(ライティング・ライブ名古屋会場)
 
 
3月31日から4月1日。仕事で言えば年度、学生で言えば学年が上がったり卒業と入学を迎える人もいる、何かが切り替わるそんなタイミング。
これは私が学生から社会人、卒業から入社を迎える年の3月31日のお話。
 
学生と名乗れるのは今日で最後かと少しの寂しさを感じつつ、一日家にいる気分ではなかったので街へくり出すことにした。
どうやって行こうかな。
なるべく出費をおさえたかったので、乗車区間関係なく一律200円で済む市バスで向かうことにした。
隣り町の私の家から市バスの停留所まで少し距離があるが、背に腹は代えられない。
バスの時刻を調べ、停留所で待ち、ほどなくしてやってきたバスへ乗車した。
乗車し先払いの運賃を払おうとする私に向かって運転手さんが「こんにちは!」と明るく声をかけてきた。
えっ! めっちゃ元気やな! その勢いに目を見張った。
礼儀正しいな。新人さんではなさそうだし、いつもこういう対応されているのかな。真摯で素敵だな。
そんなことを考えながら挨拶をかえし、空いている座席に座り発車を待った。
 
発車までしばらくお待ちください。まもなく発車する頃になってから流れるアナウンス。
機械のアナウンスを流すだけでなく、運転手さん自身も話している。これまで聞いたことないくらい丁寧な、心のこもったアナウンスに心を打たれた。
なんて気の行き届いた運転手さんなんだ。とても気分がよくなり、バスに揺られながらその心地よさに浸っていた。
 
始発から乗車した私とともに同乗していたのは2,3名。平日のお昼頃という時間もありお客さんはまばらだった。ひとり、またひとりと降りていき、気づけばバスの中は運転手さんと私の2人になった。
 
明日から社会人か。どんな世界が始まるのかな。わくわくする一方で不安もいっぱい。私にできるのかな。
そんなことを無限ループで考えながら窓の外をぼんやり眺めていた私。すると突然、バックミラー越しに運転手さんが話しかけてきた。
 
「わたしね、今日がこの仕事の最後の日なんですよ。今までいろいろなことがあったけれど、それも今日で最後だから。心残りなくやろうと思ってね」
それを聞いてハッとした。
だからか! 振る舞いや発する言葉ひとつひとつにその人の思いが惜しげもなく乗っていて、まるでVIPのおもてなしを受けているような錯覚を感じたのは。1人納得した。
 
この人は今日でお勤めが最後の人なんだ……そして私は明日からお勤めが始まる人。
何これ、この移り変わり。こんな偶然ってあるものなのか? たまたま乗ったバスに、なんとも不思議なご縁を感じた。
 
その運転手さんとは結局、終点までおしゃべりをした。
バスを降りる時、最上級の敬意をこめ運転手さんに向かって「ありがとうございました」と言い、別れた。
私は街へ行き、運転手さんは次の乗客を迎えに出発、それぞれの道へ向かっていった。
 
 
その翌日から私は無事入社し、荒波にもまれながらも同じ会社で今日まで仕事を続けている。
あの日バスを降りたあと、何をして過ごしたかは思い出せないけれど、このバスでの出来事だけは強烈に印象に残っている。
今でも人数がまばらな市バスに乗ると、あの運転手さんはどうしているのかな? と思うことがある。
仕事への向き合い方とは、ということを背中で見せてくれた社会人の大先輩の姿を思い返しては、あの運転手さんのように私は誇りをもって仕事に向き合えているだろうかと、今の自分を振り返るきっかけとなっている。
 
顔も名前も全く思い出せないけれど、あの日のあの空間での出来事、心をこめて目の前のことに真摯に取り組む素晴らしさを教えてくれた運転手さんには感謝しかない。
 
もうお会いすることはないだろうし、会ったとしてもきっとお互い分からないけれど、いつかどこかでお会いした時に、私も誇り思って仕事に取り組んでいます! と胸を張って言えるよう目の前の仕事に向き合いたい。
あの日受け取ったバトンを次に繋げるために。
 
 
 
 
***
 
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2021-11-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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