はじめての美術館
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:ともぞう(ライティング・ライブ福岡会場)
生まれて半世紀が過ぎるが、実はこれまで美術館というものに行ったがことがなかった。別に避けていたわけではない。ただ、美術に興味がないだけだ。多分、絵を描くのが昔から苦手で嫌だったからだろう。
テレビで絵が苦手な芸能人に人物や動物を描かせる番組がある。絵心ない芸人とか画伯と呼ばれ、他の出演者がなんでこんな変な絵になるのかと大爆笑するあれだ。私もテレビを観ながら笑っているのだが、実は私の方がもっと笑えないぐらい下手な絵が描ける自信がある。
学校の美術の成績も常に5段階評価の2だった。そんなこともあり、私にとって美術とは、自分には向いていないものであり、さっぱりわからないものという位置づけだった。
なので、美術館に行こうと思ったことは今まで一度もなかった。それ以前に、学校の美術の授業以外、これまでの人生で美術というものを意識したことがなかった。
そんな私が先日、美術館に行ったのだ。きっかけは、「リボルバー」という原田マハさんが書いたアート小説である。アート小説と呼ばれるジャンルがあることも知らなかったたし、普通なら絶対に手に取らない本である。たまたま知り合いから、原田マハさんの別の小説を勧められて読んだのだが、これがめちゃくちゃ面白かった。他の小説も読みたくなり、この本を手に取ったというわけだ。
小説「リボルバー」は、ゴッホはほんとうにピストル自殺をしたのか? をテーマにした、アート小説であり、ミステリー小説である。アートとミステリーという私の中では想像できない組み合わせだったので、どんな話なんだろうかとワクワクさせた。
美術が全くわからない私にこの本が楽しめるのか、という不安もあったが読み始めてすぐ不安は興味に変わった。ゴッホや絵画をよく知らない私だったが、読み進めるうちにどんどんゴッホを始め、出てくる登場人物が私の中に入ってくる感じがした。私も物語の中にいるような不思議な感覚に陥ったのだ。
読み終えると、なんだかゴッホやもう一人の重要人物であるゴーギャンがとても身近に感じ、是非とも彼らが描いた絵を観てみたいと思った。絵を観たいと思ったのは生まれて初めてかも知れない。
どこかやっているところがないか調べると、ちょうど福岡市美術館でゴッホ展が開催されていた。こんないいタイミングはない。私ははじめて美術館に行くことにした。
福岡市美術館は大濠公園という福岡では有名な公園の敷地内にある。大濠公園は、今まで何度も行ったことがあるのだが、ここに美術館があるとは知らなかった。興味がなかったので、目に入っていなかったのだろう。
ゴッホ展のチケットは、人数制限をするために日時指定がされていた。にもかかわらず、館内には大勢の人がいた。美術館って、人が少なくて静かなところというイメージだったので驚いた。ゴッホ展は特別人気があって、多いのだろうか。なにせ、はじめてなのでわからない。
美術館に来る人は、高貴な人が多いのでは? もしかしてドレスコードがあったりするのか? など少々不安があった。だが、来場者は見た感じ私同様、普通ぽい人が多かったのでホッとした。
入口では、音声ガイド機器の貸出しがあった。なるほど、ガイドを聞きながら作品をみると、より理解が深まるのだろう。絵画鑑賞なんて初めてなのだから、ここは借りるのが正解だろうと思った。でも一方でこんなことも考えた。
私はゴッホに関する小説を読んだばかりだで、彼の生涯は小説を通して十分理解している。更に多くの人が知らないであろう、ゴッホのピストル自殺の真相まで知っている。(あくまでもフィクションなのだが、あまりにもよくできたストーリーなので、本当にそうだったんじゃないかと思っている)
「そうだ、絵からゴッホの魂を感じるんだ! こんな音声ガイドに頼るのは邪道だ」
私は機器の前を鼻先で笑いながら通り過ぎた。
いよいよゴッホの作品が展示されているところ入った。さあ、魂を感じるんだ! と作品の前に立った。
「へぇー、これがゴッホの描いた絵なんだ……」私が感じたのはそれだけだった。
あれっ、おかしいな。よし、次の作品をと思うのだが、私の横で観ている方が移動しない。人が多く、なんとなく列が出来ているので、隣の方が次に進まないと、次に行きづらかった。
この人は、何をじっと見ているのだろうか? 私が期待していた、ゴッホの魂を感じているんだろうか? 聞いてみたい衝動をおさえながら、この人が移動するまでの間、作品の横に書いてある解説文を読んだ。これなら音声ガイドを借りておけばよかった、と後悔した。
次の作品もその次の作品も同じ感覚で、列が移動するまでの間、私は作品ではなく説明文を読んでいる時間の方が長かった。説明文を読み終わっても横の人が、次に移動しないこともあった。手持ち無沙汰な私は、周りをキョロキョロした。老若男女、様々な人が熱心に作品の前に立ち止まっていた。
みんな何を感じているのだろう。ゴッホの絵だ、としか感じない私は、気になって仕方がなかった。ふと、幼児を抱えて鑑賞している人がいた。
「いや、幼児連れてきてどうすんねん」と思わず突っ込みたくなった。小さい子供が観てもわからんやろ。退屈でかわいそうじゃないか。よくおとなしくしているなと思った。
絵を観るより、解説文を読んだり、周りを見たりする時間が長かった私だが、最後の方になって、感情が変化していくのに気づいた。なんか気持ちがいいと感じてきたのだ。
作品からそう感じたのだろうか。正直よくわからなかった。
なるほど、美術館はよくわからないが、居心地のいい場所、なのかもしれない。父親に抱かれていた幼児は、ずっとおとなしかった。もしかしたら、幼児も気持ちいい場所だと感じているのかもしれない、と見方が少し変わった。そして、展示は終了した。
展示を出ると、物販コーナーがあった。百官店の催事場のように人であふれて活気があり、一気に現実に引き戻された。ゴッホのポストカードやクリアファイル、缶バッチ、栞、お菓子などがたくさん陳列されていた。中には、黒地に白で「ゴッホ」とだけ書かれた表紙のメモ帳とか、ゴッホならなんでもありか! と思えるような商品もあった。
中でもポストカードが人気で、何枚も手にしている人が多くいた。私は栞を一枚だけ買った。栞には今回展示されていた作品「糸杉」が描かれていた。手に取って栞を見ると、実にいい気持になった。今、読んでいる本に挟んでいるが、開くたびに眺めては、「いいな~」と感じている。
私は作品を通じて美術館が居心地のいい場所で気持ちいい、と感じていたのだろうか?
今もわからない。
よし、もう一度、展示期間内にゴッホ展を観に行って確かめよう。そうかもしれないし、また違う変化を感じることができるかもしれない。そう思うと、ワクワクして楽しくなってきた。そして、音声ガイド機器を借りるべきか否かで悩んでいる。
***
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