母が消防士になった日
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記事:早川実花(ライティング・ライブ福岡会場)
母は三姉妹の長女に生まれ、頼りになるしっかり者だ。
そして、とても躾に厳しかった。
兄や私といった実の子にはもちろん、私たちの友人や幼馴染が「人の道」に逸れそうな行いをすれば、ピシャリと厳しく叱っていたような母だ。
母の厳しさは近所でも評判で、「お母さん、怖いよね」と、皆から言われたものだ。
控えめに言っても、昔の母はやっぱり怖かった。
年頃になると、そんな母を少し恥ずかしく思うこともあって、
「お母さん、よその子にまで注意したりしなくていいよ……」とも思っていた。
母は正義感がとても強かった。曲がったことが大嫌いで、ある意味、公平だった。
そんな母のエピソードをご紹介する前にご説明したい。
うちの母は正確には公務員の消防士ではない。
でも、立派な“専属の“消防士である。
それも相当な度胸のある、腕利きの消防士だ。
私が中学生だったある日、食卓を家族で囲んでいた。その日のメニューは、お鍋。みんなで鍋を囲んで、家族団欒していたその時だ。
ガスボンベ式のカセットコンロが火を噴いた。
一瞬、空気が凍りついた。
その直後、真っ先に動いたのは母だった。母は躊躇なくカセットコンロを素手で掴み、瞬時に勝手口から外へ、放り投げた。まさに火事場の馬鹿力。一瞬のことだった。私たちがあっけに取られている間に、母は手早くその場の処理をしていた。
家の外でカセットコンロは燃えたぎり、爆発こそしなかったものの、その火の勢いは物凄かったことを今でも鮮明に覚えている。
あわや大惨事というところだったが、母のおかげで家や私たち家族にも被害は無く、事なきを得た。母は火傷を負ってしまったが、次の日には普通に家事をし、何事もなかったかのようにしていた。
私は当時、母を見て、「やっぱりすごいな、お母さん」と感じ、同時に「私が母になった時に果たしてこんなことができるだろうか」とも感じた。
いや、やっぱり無理だ。今考えても母のようにはなれそうもない。突然燃えたぎるカセットコンロを見たら怯むに決まっている。
そんな私も今やアラフォー。「母」にこそまだなっていないが、当時の母の歳くらいになった。今、その当時を振り返り、母について改めて考えてみた。
母は強し。
これはよく聞く言葉だと思う。
確かに母は強い。しかし、ただ強いだけではない。強さと共に並々ならぬ「覚悟」がある。
よくよく考えてみると、母は、命懸けで出産をし、幼い我が子を必死に守り育て、子育てと並行して家事や様々な仕事、そして役割をこなし、今まで生き抜いてきている。
きっと、泣きたいくらい辛いことも、実際に私たちの目に触れないところで涙したこともあったと思う。
こうして母について考察し、分析すると、ますます母の偉大さを感じずにはいられない。
母は強く、気丈で、相当な覚悟の持ち主だ。母の存在が大きすぎて、私は母のようにはなれそうもないが、どうやら友人たちに言わせてみたら、私は母に似てきているらしい。
そんな母とは私が20代の頃、仲違いをしていた時期がある。その原因は私の大学入試の頃に遡る。私は九州から兵庫県まで大学受験のために一人きりで行き、ホテルへ一泊した。引率の先生もいなければ、一緒に受験する同級生もいなかった。新幹線も、大学への下見も、ご飯も全部一人。私にとって、この出来事は大変なチャレンジで、相当な勇気が必要だった。その当時母は仕事が忙しく、ついていくことができなかったのだが、母は受験に反対していたので、私は見捨てられたと勘違いをしていた。一人で遠出するのはそれが初めてで、とても寂しかったのだ。忘れられない寂しさからの思い込みと勘違いは尾を引き、私は母に寄り付かなくなった。
30代になって私も少し大人になって、母の苦労や苦悩を知り、関係は雪解けし、今では付かず離れずいい関係になれている。
そんなこともあってどの部分が似てきているのか、ちょっぴり複雑な気持ちも見え隠れしつつ、ちょっぴり誇らしいような気持ちにもなる。
私が「母」になれるかは神のみぞ知るところだが、母のような強さと覚悟を持ち合わせた肝の座った女性になれたら、どんな困難が訪れても乗り越えていけそうな気がする。
母が消防士になった日は、怖かっただけの母が私にとって、スーパーヒーローになった日。
そして、母の強さと覚悟、偉大さを目の当たりにし、母という存在がより一層大きくなった日だった。
母も気持ちこそまだまだ気丈だが、父よりも先に身体が弱ってきた。そんな母へ改めて親孝行したくなってきたので、今度ランチでもご馳走しよう。きっと、遠慮しながら、照れながら、喜んでくれるに違いない。
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