メディアグランプリ

ある晴れた日に


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:むぅのすけ(ライティング・ライブ大阪会場)
 
 
桃の節句の翌日、昼下がりのことだった。
私は急に、涙があふれて止まらなくなってしまった。
こんなことになるとは思わなかった。
一人で、ただ普通に、社用で目的地に向かって歩いていただけだったのに。
歩道で泣きながら歩いているだなんて、これじゃ傍から見たら、おかしい人になってしまう。
本当にもう!
わかってはいたが、すぐ泣き止むことはできなかった。
 
 
 
その日は
(お日様がポカポカ暖かい)
という言葉を久しぶりに思い出したほど、春を感じるうららかに晴れた良い天気だった。
つい昨日まで外出時には厚手のアウターを着ることが当たり前の寒さで、何も考えずにいつもと同じ真冬の装いで出てきてしまったことを後悔するほどの陽気に、私は心が軽くなった気がしていた。
 
普段は通らない最寄りとは違う駅を出て、そんな風に気持ちよく歩いていたその時の私の目に、更に気分があがるものが飛び込んできた。
色とりどりの袴姿の若い女性が3人、私の進行方向から歩いてきたのだった。
世間では今日がちょうど卒業式のシーズン中だったことと、この駅の近くに女子大があったことを、私は同時に思い出した。
 
彼女たちは楽しそうに笑いながらおしゃべりをしている。
学生としては最後になるだろう、友達と歩く学校から駅までのいつもの距離を愛おしむように、周りの誰よりもその足取りはゆっくりだった。
それぞれの晴れ姿に身を包んだ自分たちを指さしたり、友達の髪に挿してある飾りを触って頷き合ったり、何かを表しているのか、同じ動きで手をひらひらさせて大笑いしたりしていた。
そして、もう片方の手には、それぞれに雰囲気の違う花束が抱えられていた。
同じグループで用意されたものではなさそうだった。
どういう関係の仲良しさんだろうかは知る由もないが、彼女たちを祝って花束を渡した人たちもまた、それぞれの想いをそれぞれの花束に込めたのだろう。
 
 
なんって絵になる娘さんたちなのかしら!
眼福という言葉を思い浮かべた私は、あまりの尊さに心の中で手を合わせた。
私は心拍数があがって、体が熱くなるのを感じた。
 
実は私は若い娘さんが大好きだ。
我が家には息子しかいないせいだろうか。
カフェのウェイトレスさんや、ショップの店員さんなどが若い女性の時、こちらを見て
『いらっしゃいませ!』
と笑顔で言ってくれようものなら、その可愛さにもう私はご機嫌になってしまうのだ。
最近では、ご近所に住む、息子より年上の愛らしかったお姉ちゃんたちが、それぞれに素敵な娘さんになっている。
我が家はマンションでエレベーターがあるのだが、たまにその幼いころから知っている娘さんの誰かと乗り合わせる幸運に恵まれる。
エレベーターが着くまでの短い時間、おはようやおかえり、ただいまなどの挨拶、その時の気候のことなど他愛のないことを話す、ほんのひとときだが、私にとっては至福の時間なのだ。
そんな日は、私のラッキーデーと決まっている。
 
もちろん若い男性も、タイプの男前なんて大好きなのだが、どちらかというと若い男性を見ると、いいところを見つけてステキだわ!と思った後に
『彼は10代のころはどんな感じだったんだろう』とか、『ちゃんと食べてるのかしら、そんなこと聞くわけにいかないわよねぇ』など、どうもときめく対象になりきらないことが多いのだ。
これも、もしかすると、息子がいることに関係あるのかもしれない。
 
そのせいか、どちらもまだ行ったことはないのだが、ホストクラブでホストさんにチヤホヤしてもらうことよりも、キャバクラでキャーキャーいうキャバ嬢さんたちを間近で眺めたい、と思ってしまうのが本音のところである。
 
だから見ず知らずといえど、卒業式を終え、最高に着飾った晴れ姿の彼女たちは、私にとって本当に特別だったのだ。
 
 
駅に向かう彼女たちが近づいてくる。
それは同時に、彼女たちとの別れ、すなわちすれ違うことを意味していることに私は気づいた。
別れだなんて、大げさもいいとこだが、私にとってはこの至福の時が永遠に終わってしまうことを意味していた。
もうすぐ彼女たちとすれ違ってしまう……
遠目からうっとりと見つめ続けていた私は、その瞬間が来てしまうのが急に辛くなってしまった。
すれ違ったら最後、振り返って付いて行くわけにもいかず、彼女たちを眺めることはもう叶わない。
 
ふと私はひらめいた。
彼女たちにお祝いの言葉を捧げよう。
 
そして私はすれ違う直前に立ち止まり、彼女たちを笑顔で見つめながら『おめでとうございます』と一言だけ告げた。
彼女たちは、一様に驚いて私を見た。
そして次の瞬間、まるで花が咲きこぼれるような笑顔で
『ありがとうございます!』
と揃って言ってくれたのだ。
天にも昇る気持ちとはこのことか、というくらい私の胸は高鳴った。
 
それは時間にして、およそ数秒のことだっただろう。
考えてみれば、見ず知らずの人から声をかけられても、それがお祝いの言葉なら、お礼の言葉くらいは返してくれるものだろうし、たいしたことではない。
でも声をかけて良かった。
だって、私が遠目から一方的に見つめていただけの彼女たちが、あの瞬間だけは私の方を見てくれたんだもの。
 
私にだけ感動を残してあっという間にすれ違っていった彼女たちは、そのまままたゆっくりと駅までの道を楽しそうに歩いていく。
突然知らない人から、おめでとうなんて言われて驚いただろうけど、お祝いなんて多い方がいいに決まってると私は信じている。
そして、彼女たちのこれからに多くの幸があらんことを、なんて考えているうちに私は往来の真ん中で涙があふれてきてしまったのだ。
 
本当にもう!あの娘さんたちが可愛すぎるせいなんだから!どうしてくれようかしら!
と、支離滅裂な八つ当たりをしながら、もうすぐ着いてしまう目的地を前に、必死に涙を止めることを考えていた。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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