メディアグランプリ

紫色のワンピース


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記事:飯髙裕子(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
手にしたワンピースを見て、叔母の笑顔を思い出した。
コロナで在宅が多くなった時期のことだった。家にいる時間が多くなったことで物の多さに嫌気がさし断捨離をしなければと一大決心をしたのだった。
私は物が捨てられない人間の部類に属するので、この家に引っ越してきたころに比べたらおそらく数倍のものが家のそこかしこに眠っている。
とても一度ではやり切れるはずもなく、まずは台所、リビングと手を付け、難関の衣類に突入したところだった。
洋服ダンスの衣装ケースを開けると、きれいに折りたたまれた紫色のノースリーブのワンピースが出てきた。
ああ、そうだった。これは叔母の遺品整理をしたときに形見分けでもらったものだ。
 
叔母は私の母のすぐ下の妹で、5人兄弟の4番目。私とは15歳くらい年が離れていただろうか。
いつも、自分に似合う素敵な質のいい洋服と、アクセサリーを身に着け笑顔が絶えない穏やかな人だった。食べるものもすごくおいしくて人気のものをどうやって見つけるのか購入して私たちにプレゼントしてくれたりした。
 
おぼろ気な記憶ではあるが、小学生くらいのころ映画に連れて行ってもらったと思う。
「メリーポピンズ」
確かジュリーアンドリュース主演のミュージカル風のものだったように思う。覚えているのはその歌声と主演の女優の笑顔である。
叔母のような優しい笑顔と声、それが重なったのかもしれない。
 
もう私が結婚して数年たったころだったと思うが、叔母に乳がんが見つかり手術をしたと聞いた。それまで大きな病気をしたこともなかった彼女の気持ちはどんなものだったのか今となっては確かめるすべもないのだが、ショックが大きかったことは想像できる。
その後、回復してからは母とよくあちこちに出かけるようになっていた。
カナダのナイアガラの滝を見に行ったと聞いたときは驚いたが、そのくらい元気になったのだと内心ほっとしたのも事実だった。
「歌の会に出かけておいしいお昼ご飯を食べたのよ」と母から話を聞くと楽しそうだなと少しうらやましい気もしていた。
そんな時間がどれくらい過ぎたころだっただろう。叔母の具合があまりよくないと聞いたのは。
どうも癌が転移したような話だった。
祖母と祖父のいた一軒家に末の叔母と二人で暮らしていたが、病院に通うのが大変だからと、品川のマンションに移ることにしたと母から聞いたのはそれから間もなくのことだった。
手続きも終わり、あとは引っ越しを待つばかりだった春の日に叔母は突然旅立ってしまった。
連絡を受けて駆け付けた私の眼に映ったのは、今まで見たことのないくらいたくさんのお花に囲まれて眠っているような叔母の姿だった。
 
もっと叔母といろんな話をしたかったなと、あの頃の叔母と同じくらいの年になってつくづく思う。
そんな情景がワンピースを見たときに走馬灯のようによみがえったのだった。
 
叔母は、生涯独身で、楽しく過ごしているように思えたけれどもっとやりたいことがあったのではないだろうか? そんなことを思いながら私は、はっと気づいたことがあった。
 
叔母がいつも笑顔で素敵に見えたのは、その時を自分の気持ちに正直に生きていたからではないのかと。私にはそれがうらやましかったのだということが分かったのだ。
 
人間の人生は、宇宙の時間と比べたらほんの一瞬にすぎない。
今は二度と戻ってこない大切な時間だ。
私は、果たして今を大切にしているだろうか。
家に中に溢れるものを片付けながら、自分に今必要なものをちゃんと選んでいるだろうかと問いかけてみる。
断捨離には物を片付けるという効果だけではないといわれる意味が何となく分かった気がした。
思い出や過去の自分と向き合って、自分に今必要なものを選択していくことなんだなと納得できたような気がしたのだった。
 
紫のワンピースに手を通してみる。
もう10年以上もたっているのに、上質な素材と形のシンプルさで十分今でも着られる素敵なものだ。私より小柄であった叔母が着たものなのにぴったりと私でも着られたことに少し驚いた。
叔母が着こなしたように素敵に見えるだろうか? そんな思いが脳裏をよぎったがそんなことより大切なことがたくさんあるのだという思いのほうが大きくなった。
「裕子さん、とても似合うわよ」
そんな叔母の声が聞こえた気がした。
叔母のやさしさに包まれながら、今年の歌のクラスコンサートは、このワンピースを着ようと心に決めた私だった。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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