兄者はひょうきんものじゃ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:早川実花(ライティング・ライブ福岡会場)
「もしもし、横浜流星です」
兄が電話に出るといつもこんな出だしだ。
しかも、毎回名乗る俳優さんの名前が変わる。
旬の俳優さんの名前らしいが、芸能界に疎い私には通じないことが多く、兄はツッコミが入らないことに肩透かしをくらっているようだ。
そんなひょうきんな兄。
兄とこんな風に仲良くなったのは、兄が大学生になった頃からだった。
それまでも仲が悪いわけではないが、生活時間のズレにより、一つ屋根の下に住みながら、顔を合わせることがほぼ無かった。
兄が住むアパートに塾の特別講義のために泊まらせてもらったり、私の大学合格祈願に友達と神社へ行ってくれたりもした。
関西まで新幹線で来て、私の大学の入学式に出席してくれたのも兄だった。
一緒に電車に乗って移動していたところを見ていた新しい友人が、顔の似ていない兄を私の彼氏と勘違いし、冷やかしてきたのは今でも忘れられない。
そんな兄は、各サークルの新入生歓迎のチラシを私以上に楽しんで貰っていた。
やっぱり兄は、ひょうきん、かつ、お調子者である。
兄と私の性格は正反対。
そして、特技や嗜好も正反対だ。
兄はスポーツが大好きで、高校ではバスケットボールに明け暮れていた。
勉強こそそんなに得意ではなかったようだが、学校では人気者で信頼も厚く、委員会などを務めていた。
友達も多くて、小さい頃から兄は私には「太陽」に見えていた。
みんなを明るく照らすような存在だった。
かたや私はというと、音楽が好きで、暇さえあればノートに自分の思いを綴るようなタイプで、運動は苦手。本を読んでは妄想にふけっていた。そんな私は幼い頃から明るい性格の兄と比べられていた。
「私はお兄ちゃんみたいにはなれない。運動も苦手。人付き合いも得意じゃないし。お兄ちゃんに勝てるのは……勉強しかない」
兄へのコンプレックスが私を国立大学へ導いてくれたと言っても過言ではない。
そして、私にはもう一つ、兄に感謝してもしきれないことがある。
私は精神を病んで、入退院を繰り返していた。
退院してからは、実家に籠っていた。
その当時、私は20代半ば。
母との関係も良くなく、実家にいるのもかなり辛かった。
でも、出ていくところもないし、一人暮らしなんて到底無理。
彼氏もいないし、結婚なんてできるわけがない状態だった。
兄は結婚し、実家には兄嫁が居て、姪っ子も生まれた。
家も手狭になり、私はそろそろ実家を出て行かねばならないようなプレッシャーを勝手に感じていた。
そんな折、兄が私の部屋を訪ねてきた。
「お前はずっと家に居っていい。結婚もせんでいい。安心しろ。俺がおるぞ」
そう、ぶっきらぼうに言うと、少し恥ずかしそうにしながら、兄は私の部屋をすぐに出て行った。
兄が部屋を出たのち、私は堰を切ったように泣いた。
私には兄という味方がいる。
家を継ぐ兄からずっと家にいていいと言ってもらえて、すごく安心したのをよく覚えている。
その安心感が文字通り、私を救ってくれた。
それから数年で、私は結婚し、実家を出ることが出来た。
兄があの時、あの言葉をかけてくれていなかったら……。
もしかしたら、私はまだ実家にいて、不安の渦の中にいたかもしれない。
安心感こそが私には必要だったのだ。
そんな折、兄は会社にうつ病の後輩がいると、私に相談してくれた。
私と暮らした経験から、そういう後輩を見て、放っておけないと言っていた。
どんな言葉をかけてあげるのがいいのか。
どんな態度で接してあげるといいのか。
改めて、私からアドバイスを聞きたいと。
私も真摯に答えた。
兄はそれから、私のアドバイスを参考に後輩に接していたようだ。
兄はその後、
「お前のおかげで、少しは後輩に対応できるようになったぞ」
少しだけ、誇らしげに、嬉しそうにそう言っていた。
私も少しでも役に立てて嬉しいよ、お兄ちゃん。
やっぱり兄は真性の“いい奴“である。
口は多少悪いが、気は優しく、人情味がある。
お酒は好きだが、飲み過ぎるとタチが悪くなるのは玉にキズだ。
肝臓だって悪くしたことがあるのだから、四十路を機に節酒をしてほしい。
妹の切なる願いである。
兄とのエピソードはまだまだある。
兄の尊厳のため、公には出来ないエピソードなんかもある。
今でも家族で集まるとそんな話を肴に盛り上がる。
ひょうきんでお調子者の兄は少々怒るそぶりを見せつつ、本人が一番爆笑している。
私に無い、良いところをたくさん持っている兄。
そんな凹凸兄妹は、今では穴を埋めあっている。
今度兄からの電話を受ける時には、私も旬の女優さんの名前で応じて、兄を面食らわせてみようかと画策中だ。
***
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