メディアグランプリ

A様に贈る主演女優賞


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:横井マリ(ライティング・ゼミ特講)
 
 
介護は即興劇である。そこには台本も、あらすじもない。あるのは、舞台と役者のみ。私の働くデイサービスが舞台なら、私は座付きのしがない役者、ご利用者様は名演技の光るゲスト女優と言ったところだろうか。
 
中でも、私が大好きな女優さんはA様だ。A様は、いつもおしゃれだ。職員に寄り掛からなければ歩けないほど足取りが不安定なのに、足首まであるタイトなロングスカートを好み、カシミヤのセーターにカメオのブローチ、赤いサンゴの指輪、髪は前日に自らカーラーで巻き、きれいなクルクルパーマでキメてくる。
「今日もおキレイですね」
と褒めれば、
「とんでもございません。安物でございます」
と宝石を撫でたり、鏡を見るまねをしたり、ひと笑い誘ってくれるのだ。
 
しかし、ユーモアだけがA様の本領ではない。
 
例えば、体験利用の方があったとしよう。初めてのご利用というのは、誰でもドキドキ不安なもの。まずは職員がせっせと話しかけ、他のご利用者様と会話をつなげ、場が温まったら、そっと離れる。そして振り返れば、必ずA様と目が合うのだ。
「一部始終見てたんですか?」
「まあね。あの人初めてなんでしょ?」
「よく分かりましたね」
「そんなのあんたらの動き見てりゃ分かるよ。あたしも客商売してたからね」
何を隠そう、A様は元スナックのママなのだ。
 
片田舎のカウンターだけの小さなスナック。常連さんにつきだしとお酒に合うつまみを提供し、酒癖の悪いチンピラは体よくあしらう辣腕ママが、A様のルーツである。そのご主人は、今でこそ見た目はクマのぬいぐるみのような柔和な人だが、かつては長距離トラックの運転手だった。その帰りを待ちながら、スナックを切り盛りするなんて、まるで昭和キネマの世界だ。時々、姉御肌を発揮するのは、雇った女の子二人を長く采配してきたからなのか。
A様、カッコイイ!
 
そんなA様、ある日は風呂に入る・入らないで新人職員ともめていた。若干のべらんめえ口調。こんな頑固モードの日は、ちょっと手ごわい。見かねて助太刀に行く。
「お風呂入りましょうよ」
「嫌だね!」
「今日だけでいいから」
「しつこいな。さては、私の裸が見たいんだな」
ブラウスの襟をかき寄せ、拒否のポーズをキメている。速攻で答えろと構えているかのようだ。思わず叫んだ。
「見たい!」
居合わせた一同、ぽかんとする。でも、この切り返し、面白くなりそうだ。
「見たい、見たい。脱いで、脱いで」
ふざけた調子で言うと、A様がノって来てくれた。
「よーし、そんなに見たいなら脱いでやらぁ」
潔く衣類を脱ぎ棄て、堂々と風呂場へ消えて行った。実に見事な退場っぷりだった。
 
こんな風にA様とコントのようなやり取りをしていると、やはり介護には即興劇の要素があると思う。
即興劇の要素とは、「決してノーとは言わない」こと。即興劇の場合、与えられたお題、相手が発したセリフ、表情や動きなどのアクションに対して、「それは返しにくいから別のにして」なんて言うことはできない。まず受け止め、次は自分のアイデアを乗せて相手に返すしかないのだ。
介護では、認知症高齢者の皆さんの突拍子もない作話や思わぬ行動に、びっくりさせられることがある。けれども決して否定はしない。まずは「そうなんですね」と受け止め、穏やかな表情になっていただけるよう、言葉やアクションを返していく。例え、意図した方向へ話が進まなかったとしても、今日という一日は必ず大団円で締める。
楽しい雰囲気や温かな時間は、認知症の方の気持ちを和らげる効果があるという。そのほっこりとした幸福感を手土産に、ご自宅へと帰っていただきたいからだ。
 
年を重ね、A様はちょっとしたことで気持ちが沈んだり、怒れてしまったりするようになっていった。時には、私を探してオロオロ近づいて来て、ポロポロ涙をこぼされることもあった。この状態を感情失禁と呼び、認知症が進んできたと判断する。そんな時、私は片手で彼女の手を握り、もう一つの空いている手でその背中を撫でてあげることくらいしかできなかった。
大きな混乱期の中にいる彼女は、コメディーからシリアスまでを見事に演じる迷女優だ。ご本人の精神的な負担だけでなく、それに振り回されているだろうご家族も含めて心配でならなかった。
 
そんなある日、A様を担当するケアマネージャーから電話がかかってきた。
 
「A様、施設入所が決まりました。来週いっぱいで利用中止です」
自宅での介護に限界が来たようだ。
 
A様の即興劇は残り3日で千秋楽である。ご本人は多分そのことを知らずにいるだろう。いつも通りのテンションで、さよならと手を振る覚悟をしなくては。そして、こんなにも私の心を鷲づかみにしてくれたA様には、主演女優賞を贈りたい。
いつも笑わせてくれて、ありがとう。頼ってくれて、ありがとう。最後の日の最後の瞬間まで大根役者を演じ切り、笑顔で送り出したいと思うのだ。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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