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六十にして別人と成る


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:さかまきK (ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
あれは3年前の10月。祖母の通夜の前日だった。
 
親族が集まり、久々に顔を合わせる面々は、力なく近況を呟いては沈黙することを繰り返していた。
そこへ突如、静寂を切り裂くような金属音が近づいてくる。
その音の主は、ドアを勢いよく開け放って現れた。
 
「だれ……?」
みな一様に、彼を見つめたまま固まった。
 
「どもども! ご無沙汰しております~!」。
 
「こ、この声は……もしかして、伯父さん!?」
 
たまげた。記憶よりも20kg、いや30kgくらい太り、ダボダボのB系ファッションに身を包んで、首や腰から金色のチェーンをぶら下げていた。
以前は、食が細くてガリガリで、ぴちっとした黒い服しか着なかったはず。
しかし、本当に驚くのはこれからだった。
 
伯父はテーブル席の真ん中にドカッと腰を下ろし、
 
「いや~みなさん! お久しぶりですね~! あれ? ひょっとして私のこと、忘れちゃいました? んなわけないか!」
 
唖然とする私たちの前で、ひとり大声を響かせている。
そんな伯父と目が合った。するとすかさず、
 
「Kちゃん! しばらく見ない間に素敵なレディーになっちゃって! いや~会えて嬉しいなあ! うわ~懐かしい!」
 
……本当に伯父だろうか?
毎年、バレンタインチョコをあげると、はにかみながら俯いてペコペコ頭を下げていた、あの伯父なのだろうか?
 
伯父と言えば、とにかく寡黙な人だった。
お正月は毎年、祖母の家で親戚が一堂に会し、飲んだり食べたりしながら新年を祝うのが恒例であった。
そんなとき、伯父はいつも隅っこで小さく正座をしながら、しっぽりビールを飲んでいた。
自ら話し出すことはまずないし、声をかけられても言葉少なに照れるだけ。
小学生の時、川で溺れた弟を一目散に助けてくれた時も、びしょ濡れになって微笑む、沈黙のヒーローだった。
子どもながらに「なんて控えめな人だろう」といつも思っていた。
 
そんな伯父が、一転、B系のおしゃべりさんになっていたのである。
ここに来てからというもの、ずっと一人で喋っている。
マイブームの魚釣りによって寝不足気味で、近年購入した青い車のローンが返せなくて自分も真っ青、血糖値が高いから炭水化物抜きダイエットをするも食べる物がない……
人が一生のうちに口にする言葉数は決まっているのか? と思わずにはいられないほど、以前の沈黙の間を埋めるような勢いだった。
 
いったい、会わずにいた10年の間に何が起こったのだろう。
10年前、伯父は伯母と離婚したが、その理由も当人たちのみぞ知るところだ。
「伯母から離婚を切り出された伯父は大きなショックを受けている」という話もあった。
たしかに、当初はそうだったのかもしれない。
しかし、少なくとも目の前のこの人はパワフルである。
10年前とはまるで別人の、KYなくらい自由奔放な伯父さん。
 
「あらあら、あんなふうになっちゃって……」
皆、その変わりように戸惑いながらも努めて冷静でいる。
そんな中、私は密かに興奮していた。
 
まず第一に、頼もしかったのだ。
悲しみに暮れ、ふとした瞬間に涙があふれてしまうような状況の中、彼の無邪気なまでの振る舞いは救いのように感じられた。
 
さらには、なんだか嬉しかったのだ。
伯父さんが元気そうだったこと。そして、いくつになっても変わるんだってことに。
 
「大人になったら、そう簡単に人は変われない」
そんな言葉を聞くたび、虚しさを覚えていた私にとって、伯父のその存在はふいに射し込んだ光だった。細面だった顔も、今では満月みたい。そう、それは太陽というより、ぼんやりと浮かぶ朧月だった。
気づけば私は励まされていたのだ。悲しい夜にふと見上げた、月の美しさに感動するかのように。
 
我々人間は、生きていく中で次第に自分の世界観や人生観を確立していく。それはなんと素晴らしいことだろう。
しかし一方で、頑固になったり柔軟性を失ったりすることで、変化を拒み、成長を妨げてしまう側面もあるように思う。老害なんて言葉が生まれたのにも、そういった背景があるのかもしれない。
 
一生をかけて成熟を目指すような志でいられたらいいな。そんなことをよく考える。
だから、「ある程度の大人になってしまったら、変わることは難しい」だなんて話を耳にすると、それこそ身長みたいに成長期を過ぎたら伸びなくなってあとは縮んでいくだけ、って言われているみたいで、とても嫌だった。
 
しかし、目の前の伯父は60歳を過ぎて、周りが戸惑うほどの変貌を遂げたのだ。
人って変われるんだ、やっぱり!!
 
先ほどからずっと、伯父は孫たちと抱きつくようにして、はしゃぎ回っている。
4人の小さな孫はみんな、驚くほど伯父に懐いているのだ。
なるほど、と思う。心理学者・エリクソンの心理社会的発達理論が頭をよぎる。
伯父は、一度失われたかのように思われた親密性を、孫たちと関わり合う中で取り戻し、さらには壮年期における世代性を獲得しようとしているのではないだろうか。
紆余曲折を経て、次世代への喜びを糧に、ギブ&テイクを惜しみなく体現している姿を見てそんなことを考える。
 
愛すべき存在と同じ目線で楽しそうに遊んでいる伯父……
その笑った時の目が三日月形になるのだけは、10年前とちっとも変わっていなくて、私は少し泣いた。
 
 
 
 
***
 
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2022-08-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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