ある画家との対話〜「その画家が、描いていたもの」
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記事:スズキヤスヒロ(ライティングライブ東京会場)
夏の終わりに京都の北山での、敬愛する友人の映像作家と、
その作家が敬愛する画家の『二人展』を訪れた。
友人が敬愛するその画家のことは、私はまったく知らなかった。
展覧会に行く数日前に友人から、その画家の作品制作のドキュメンタリー映像が
送られてきた。
その映像に強い衝撃をうけた。
その画家は、絵筆を使わない。
自分の手足や身体で描いていく。
『ボディペインティング』の作家は、結構いる。彼らが描く作品は、絵画というよりは、パフォーマンスに近い。描かれる線や面は、ほとんどが偶然の産物で、そこにはあまり意味もない。
だが、その画家は、手足や身体をつかって、慎重に繊細に線や面を描いていく。
彼の描くどの線も面も、そこに描かれたとたん、明確な意味が湧き上がり、伝えたいことのの想いが伝わってくる。
『二人展』の会場に着き、その画家の作品と、直接向き合った。
圧倒された。
彼はプロの作家だ。
プロの作家にとって自分の作品が売れることは、とても重要だ。
ピカソだって、画商に気に入られ、また、作品を買ってくれる人たちがいたからこそ、
ピカソは『ピカソ』になれたのだ。
だが、彼の作品にはどこにも、売れるための『媚び』がない。
それは、自己顕示ではない。そこにあるのは彼が描くべき『何か』に向けての真摯さだ。
その『何か』に彼は謙虚に向き合い、その『何か』を表現するためだけに、全精力を傾けている。
『彼が描きたい『何か』とは、いったい何なのだろう?』
友人に紹介され、その画家と言葉を交わした。
彼は、言葉を探すように、ゆっくりと話す。
来場客が少なかったこともあり、長い時間、彼と話した。
でも,結局最後まで、彼が描こうとしている『何か』はわからなかった。
展示が終わり、会場を閉め帰途についた。
会場の近所に住んでいる映像作家の友人と別れ、
その画家と二人で北大路駅に向かって、歩きだした。
北山の上に中秋の名月が浮かんでいる。
しばらく、言葉を交わすこともなく、テクテクと歩いた。
鴨川を渡る北大路橋に差し掛かった頃、話はじめた私は、言葉が止まらなくなってしまった。彼の作品への想いが、自分でもびっくりするぐらいに、あふれ出てしまったのだ。
寡黙な彼は、何も言葉を発せずにじっと私の言葉に耳を傾けていた。
橋の真ん中あたりまで私は一気に、彼の作品への思いを吐き出しきった。
『しゃべりすぎたかな……』
そう思っていると、彼が立ち止まった。そして、しっかりと私の目を見据え、
「ありがとう、ございます…… 言葉が胸にしみます」
文字で書いてしまえば月並みな言葉だ。
でも、彼の言葉の響きが、深く胸に突き刺さった。
それから、ポツポツと世間話をしながら歩いた。
ガランとした、ほとんど誰もいない京都市営地下鉄の北大路駅に着いた。
二人でベンチに腰掛けて地下鉄を待っているときに、彼が口を開いた。
自分は絵を描くことが苦手だったこと。
美大を卒業してから10年近く、一日も休まずに毎日、絵を書いていたこと。
その絵の枚数が、数千枚になったこと。
地下鉄がホームに入ってきた。
乗り込もうと扉に歩き出した時に、彼がしっかりとした声で言った。
「私は…… 絵を描いているのではないと思います。私にとって描くこととは、祈りだと思います」
深く納得した。
岡本太郎は、美しい・きれいな絵、を強く否定している。
『美しい・きれいな表現など醜悪だ』と喝破している。
太郎は、戦前のパリで文化人類学の始祖である、マルセル・モースの薫陶をうけている。
太郎にとっての『美』とは、厳しい自然のなかで必死に生きている人々の、大いなる自然に向けて祈りから生まれる表現だ。
それは、美術工芸品として、空間を飾るためのものではない。
大いなる自然に向けて、『自分たちを何とか生かして欲しい。子供たちや大切な人々をどうか守って欲しい……』という切なる祈りからうまれる表現。
そんな祈りから生まれる表現にとって、商品としての、見かけとしての美さや巧さなんか、どうでもよい。
彼の作品から感じていた、媚びのなさ、謙虚さ、真摯さとは、『祈ること』からあらわれていたものだった。
だから、彼の作品は真に美しく、強く心を揺さぶられる。
太郎は、「絵は下手なほうがいい」と喝破していた。
私にはその意味がわからなかった。
この画家と出会って、私はその意味がわかった気がした。
これからは、絵画を前にしたとき、その絵画が醸し出している雰囲気を感じるようにしようと思った。
***
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