メディアグランプリ

眠れない夜はただ月明かりを辿って


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記事:筒井美桜(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
どうしよう。また眠れない夜がやってきた。
もう寝なきゃと焦る気持ちとは裏腹に、窓の外はオレンジ色に染まっていく。
 
 
 
人生最後の恋ではなかったけど心の底から好きだった恋人、私が生まれた時からずっと惜しみない愛情を注いでくれた祖母。
私はそうした大切な存在を失った時、決まって眠れなくなった。
 
 
そんな眠れない夜を私が初めて経験したのは、愛兎のルナが亡くなった時だった。
それは私にとって初めての身近な死でもあった。
 
 
「こんなに病歴が少ないうさぎさんは珍しいよ。ルナちゃんは丈夫な子だね」
かかりつけの獣医師は口癖のようにこう言っていた。
その道のプロからお墨付きをもらったからか、私と母はよく「ルナなら100歳くらいまで生きてそうだね」なんて冗談を言い合っていた。
そんな幸せな日々を10年も過ごしているうちに、私の頭の中でルナがいつかいなくなるという事実はどこか遠いところに追いやられていた。
 
 
でも、別れは突然やってくる。
それこそ私の都合なんてお構いなしに。
 
 
ルナの10歳の定期検診の時。
「最近、背中にポツッとしたできものができてるみたいなんです」
そう言って呑気な調子でルナの背中を撫ぜる私とは対照的に、獣医師の表情は険しかった。
それから言われるがままにたくさんの検査を行い、その小さなできものは悪性腫瘍であることが判明した。
 
 
「ルナちゃんに残された時間は長くて半年。最悪の場合、あと3ヵ月ほどだと思います」
 
 
え。嘘でしょ。
 
 
余命宣告を受けている時もルナは元気いっぱいで、私にはどうしてもあと3ヵ月の命だとは思えなかった。でも、目の前で伏し目がちに言葉を発している先生の様子は、それが事実であることを物語っていた。
 
 
それからはあっという間の出来事だった。
ブリーダーさんやうさぎを飼っている友人など、考えつく限りの人に話を聞き、名医と言われる獣医師を訪ね歩いたが、診断結果は変わらなかった。
ルナはみるみる弱っていった。
 
 
その日は、お昼休みまで会議続きだった。
やっと自席に戻り、スマホを手にした私はおびただしい着信履歴に最悪の結末を悟った。
すぐに折り返した電話口で母は始終涙声で、私はただただそれに耳を傾けながら午後の始業まで歩き続けた。
 
 
 
その夜からだった。
自慢じゃないが、横になればいつでもどこでも寝れた私が、どうしても眠れなくなった。
もっと最悪なのは、やっと眠れたのに明け方にはっと目が覚めた時。
あの温かな生き物が私の布団にもぐりこんでくることはもうないのだと実感する瞬間が、私にはなによりも恐ろしかった。
 
 
そんな私を心配した友人は、親身になって話を聞いてくれて、「辛いことはいったん忘れておいしいものでも食べに行こう」と優しい言葉をかけてくれた。
でも当時の私は、友人が心配そうにすればするほど、もう平気だよって、もう気にしてないよって顔をしなくちゃと追い詰められていた。
そして昼間にそんな空元気に振る舞えば振る舞うほど、また夜に眠れなくなった。
 
 
 
そんな長い長い夜のトンネルを抜けるきっかけとなったのは、ある飲み会での友人のひょんな一言だった。
 
 
「そんなに眠れないのは、身体が疲れてないからじゃない」
 
 
みんなが私に優しい言葉を投げかける中、彼――いつもストレートな物言いで、失礼ながら私は彼にちょっと苦手意識を持っていた――はこう言い放った。
 
彼の主張を要約するとこうだ。脳には起きている状態を保つ「覚醒中枢」と、身体を休ませる「睡眠中枢」という2つのはたらきがあって、そのバランスがうまくとれているとよく眠れる。でも、強いストレスがあると、そのバランスが崩れて眠れなくなる。だから簡単な話、ストレスの原因を取り除いてあげれば問題は解決する。でも、それができないなら、くよくよ考えなくてすむように、思いっきり身体を疲れさせればいいというものだ。
 
 
私はこの時、彼の話がストンと胸に落ちてきた。
 
 
たしかに眠れないなら、自然と眠くなるまで無理に寝なくても良いのだ。
その日から、眠れない夜はもう歩けないと思えるまで歩き続けることにした。
また、忘れようと思っても忘れられないなら、その時ばかりは思いっきりルナのことを考えることにした。
 
太陽に透けた耳の血管がきれいなところ、背中に顔を埋もれさせると取り込みたての洗濯物の匂いがするところ、普段は気が向いた時しか寄りつかないくせに私が落ち込んでるとそばから絶対に離れないところ……。
 
 
もう存分に思い返しながら、私は誰かに目撃されたらびっくりされそうなくらい、ボロボロと泣きながら歩いた。
でも、これが想像以上に気分がよかった。
そうしてヘトヘトになって帰宅すると、久々に気持ちよく眠れたのだ。
 
 
それからも私は何度も大切な存在との別れを経験したし、これからもするだろう。
残念ながら、これは生きていく上で避けて通れないことだ。
そしてきっと私はその度に、あの夜を思い出して月の下を歩くのだろう。
 
 
 
うさぎを飼っている人たちはうさぎが亡くなった時によく月に召されたと言うが、美しい月に大切な人たちが集結していると思うと、なんだか救われるような気がする。
 
 
 
 
***
 
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2022-12-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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