コロナ体験から見えた、世界をちょっぴり明るくする方法
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記事:岩瀬翔(ライティング実践教室)
先日、コロナになった。
医者という職業柄、正しくはCOVID-19/新型コロナウイルス感染症を発症した、と言いたくなるが、
略称だけで十分伝わるほどこの感染症はたった数年で知名度を獲得した。
私は幸いにも回復に向かい、無事に自宅療養期間を終えようとしている。
この数年間で診療した中で最も多かった病気は間違いなくコロナだが、
実際に体験するまで、症状とは別の苦痛が存在するとは想像もしていなかった。
この苦痛は入院中の患者さんを診療する中では目にすることはなかった。
この苦痛がもっと早く想像できていれば、私も少しは予防できていたかもしれない。
しかしこの苦痛は、コロナの感染にかかわらず、今後いつでも襲ってくるかもしれないのだ。
私の場合は、老後にこの苦痛が再び訪れる可能性が高いかもしれない。
だからこそ、この体験は記録に留めておく価値があるし、
これから体験するかもしれない皆さんにも読んでほしい。
私がコロナ療養中で辛かった苦痛とは、孤独だ。
他者と会話をできない状況がここまで辛く、心身に悪影響を及ぼすのかと思い知った。
初日は耐えられた。
仕事の連絡でせわしなく電話をしたり、友人との約束の調整をしたりしていたからだ。
電話が減ると、後回しにしていた作業や読書などに勤しんだ。
しかしそれらもいつまでも続けられるものでもない。
溜めていた映画や本を息抜きに始めてみても、
数日で飽きて、限界が来た。
いい映画や本をインプットした時はなるべく早く共有したい感想も湧き上がってくる。
しかし、会話をする相手がいないのだ。
リアルタイムで思考をアウトプットできないと、
新しい思考が浮かんでも、イメージを投影するスクリーンがない。
イメージを膨らませる目的自体を失った思考のエンジンは、徐々に速度を落とし、停止する。
頭の中に浮かんだイメージや言葉はどんどん不鮮明になっていった。
数日に1回友人と電話をした時や、保健所から健康確認の電話が入った時ですらありがたかった。
リアルタイムで他者と考えをやりとりする作業は、脳内のシナプスに新しい回路ができ刺激が走るような感覚で、全身が温かくなった。
1日が全てが予定調和すぎると、予想外の刺激もなくなる。
外出もできないと、視界に入ってくる情報は極端に限られる。
自宅療養での孤独は、生活の視界情報も思考の刺激も奪っていった。
この苦痛を耐えて、1人暮らしの狭い部屋を出て外界に出た時の開放感の大きさは計り知れない。
さらに1週間以上ぶりに生身の人と話す感覚はもはや新鮮だった。
最初は出てくる言葉にも詰まってしまうほどだった。
孤独、孤立がいかに心身に悪影響をもたらすか、
身をもって体験したわけだが、私は妙に納得感があった。
私の専門とする地域医療の分野でも、孤独や孤立の悪影響が研究されていたのだ。
英国の研究では、
「高齢者にとって孤立した状態は、1日15本分の喫煙と同じ寿命への悪影響を与える」
という研究結果が発表された。
日本でも、閉じこもり傾向で社会的孤立状態の高齢者は、
そうでない高齢者と比べて6年間で死亡率が2倍以上上がることが発表されている。
この研究では、閉じこもり傾向とは2−3日に1回の外出頻度とし、
社会的孤立とは他者とのコミュニケーションがメール・電話を含めても週1回未満と定義された。
これらの研究を初めて勉強した時、私はにわかには信じられなかった。
ここまで極端に孤立した状態にある人がいるのか?
そもそも本当に孤立が悪いことなのか?
しかし、私も自宅療養で研究対象の高齢者とほとんど同じ状況に置かれたとき、
研究結果の意味を心から理解できたと感じた。
孤独な状態が続くと、他者からのリアルタイム刺激が減り心を動かすエンジンが錆びついていく。
閉じこもりの状態では身体を動かすきっかけもやる気も奪ってしまう。
さらに孤立した状態が続けば、心身の不調があっても気軽に相談できる相手もいないだろう。
結果として、健康問題が進行してから病院に行く人が多くなるのではないか。
研究結果と私の実感が結びついたのだった。
英国では孤独・孤立の悪影響を世界で最初に証明しただけでなく、
2018年に世界初の孤独・孤立担当大臣を設置して国をあげて対策に乗り出した。
日本も、コロナ禍を経て2021年で世界で2番目に孤独・孤立担当大臣を設置して対策を始めた。
私が自宅療養で感じた孤独は、研究で証明されただけでなく
社会問題として拡大を続けているようだ。
スケールの大きな話になってしまったが、
孤独・孤立の問題は国を挙げて取り組むほどの問題で、簡単に解決することは難しいかもしれない。
それでも、この問題をまずは1人でも多くの人に知ってもらうことが大事だと思う。
そしてお隣さんや、近所のおばあちゃんなど、
周囲の人で孤独を抱えた人がいないか、思いを馳せてみてほしい。
その人達は、ちょっとした繋がりでも求めているかもしれない。
外に出る日が1日増えること、挨拶ができる人が近所にいることがどれほど素晴らしいか。
私の体験と研究結果の裏を返すと、
ちょっとした繋がりの力で救われる命があるということだ。
あなたが挨拶をしてみるだけで、少し世界は明るくなるかもしれない。
***
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