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その才能に憧れる


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ハタナカ(ライティング・ゼミ2月コース)
※この記事はフィクションです。
 
 
「へたくそ」
私が描いた絵に抱いた感想はそれだった。
ここ最近仕事から帰ってはコツコツ描き進めた風景画。毎日夜遅くまで頑張ったのにイメージ通りにならない。でもこれ以上手直ししても良くなる気がしない。
 
構図から違ったかもしれない。何か全体の色味のバランスも何か悪い……。
 
絵と睨めっこしてるとどんどん嫌な感想ばかり浮かぶ。
絵を描く為に買った性能の良いiPadも、これじゃ宝の持ち腐れだ。
 
はあ、とため息をついていると部屋をノックする音がした。母だ。
 
「あら、茜。絵を描いてたの」
「iPad買ったから絵を描いたんだけどさ、うまく描けなかった」
「あっ、どんな感じだったの? いいよねえ、今は絵具準備しなくても描けるんだから。お母さんが描いてた頃にもあったら良かったのに。ねえ、見せてよ」
 
母は少しワクワクした様子だったので、私の絵が映ってる画面を見せた。
 
「これが描いたやつ。何か変じゃない?」
「ふうん……まあそうねえ。でもやっぱ現代の技術は凄いわねえ」
 
私の絵よりiPadの方にずっと興味を持っている感じがしてちょっとムッとしたが、諦めずに聞いた。
 
「ねえ、どうやれば綺麗になると思う?」
「うーん、もうちょっと手前の色を濃くして、奥の方を淡くする方が遠近感出るんじゃない?」
「他には?」
「えー……別にいいんじゃない?」
「もう、適当なんだから。大体、やり方教えたら、お母さんは絵を描くの?」
「まあ、機会があればねー」
 
返事は軽く、これは描かないやつだと思った。
 
「というかもう寝なさいよ。明日はおばあちゃんとこ行くんだから」
「はいはい、分かってるってば」
 
時刻は深夜2時。確かにもう寝なければ。
母が部屋から出て行くとそのまま布団に入った。絵についても、母についてもモヤモヤしながら。
 
 
小さい頃から家には綺麗な絵が飾られてて、ちょっとした小物にも絵が描いてあって、それが当たり前だった。
それらが母の手で描かれたものだと知った時「お母さんみたいに絵を描きたい」という夢が生まれた。
 
小学生の頃は沢山絵の練習をした。その甲斐あって絵は上達したし、授業で描いた絵が初めてコンクールで入選した時は本当に嬉しかった。
お母さんは結婚するまで絵を描く仕事をしてしたから、私も大人になればお母さんと同じように絵を描く仕事をするのだろう。その未来を漠然と描いていた。
 
その希望が打ち砕かれたのは、中学生の頃、祖母の家に行った時だった。
 
その日、祖母が部屋を片付けている時に母の昔の絵が出てきたからと、見せてもらえた。
 
「丁度、茜ちゃんくらいの時のお母さんのよ。懐かしいわねえ」
 
興味津々で祖母に手渡された絵を見て、そして、愕然とした。
あまりに、あまりに上手だった。
妙な動悸を感じながら、小学校1年生の頃の絵も見ると、やはりそれも上手だった。私の実力は、この小学1年生の母に及んでいるのだろうか。
絵と一緒に「最優秀賞」と描かれた賞状も沢山出てきた。自分が入選した記憶が、急激に色褪せた。
 
その日、理解してしまった。私に、母のような才能は無いのだ。
 
世界には自分の手が届かない人が沢山いることくらい知っていた。
そして母はそっち側にいた。娘だからという理由だけで、頑張ったからって、同じになんてなれないんだ。悲しむことも悔しがることも出来ない、それくらい圧倒的な差に私は打ちひしがれた。
 
それ以来無謀な夢は諦めて全く関係ない大学に進学し、全く関係ない仕事に就いた。
それでも亡霊みたいに絵を描くことは続けている、それが今の私だった。
 
 
翌日、予定通り祖母の家で母と3人で食事をした。祖母に誘われて定期的に開催される、恒例の行事だ。
 
「それでね、今時の絵を描ける機械は凄いのよ。もう私が現役の頃とは全然違ってびっくりしちゃう」
「みたいねえ。アンタも子育て落ち着いたんだから、また絵を描いてみたら?」
「今更働くとこなんて見つからないわよ。大体、もう体力も無いんだから」
 
母は笑う。あれだけ豊かな才能があるのに、母はもうそれを活かそうという気が全然見えない。それが私には悔しかった。
 
「ねえ、おばあちゃん。久しぶりにお母さんの絵、見てもいい?」
「ええ、いいわよ。どこに置いたかしらねえ」
 
そんなことを言いつつ、やはりしっかり保管されていた。
約10年ぶりに見たが……うん、やっぱり上手だ。今の私よりもずっと。
どうして私は、こんな風に描けないんだろう。
 
「茜ちゃん、今でも絵を描いてるのよね。いいわねえ、おばあちゃんもおじいちゃんも全然絵を描けないのに、どこからその才能が出てきたのかねえ」
「私はお母さんほどじゃないよ……本当、趣味くらいだから」
 
それでもいいじゃない、と祖母が微笑む。
 
「好きで続けられてるなら、それも立派な才能よ」
「……まあ、そうなのかもね」
 
でももう本当に絵を描くのが好きなのか、私にはよく分からなかった。
 
「ねえ、何でお母さんは絵を描かないの?」
 
帰りの車で母に尋ねた。
 
「何でって……わざわざ描く理由もないんだもの」
「描いてよ、今のお母さんが描いたの、見てみたい」
「えー……でも疲れるの、嫌なのよねえ」
 
いつも通りの回答にムカついて、そう答えるのも分かりきっていたけど、それでも私は母が描いたものを見てみたかった。
 
……ところが、その日は突然訪れた。
 
「でね、その娘さんの好きな動物のキャラクターの絵をお母さんが描かなきゃいけないのよ、絵が描けるでしょって。でも明後日までよ! もう! 明日画材買わなきゃ……」
 
ある日、仕事から帰ると母にそんな愚痴を聞かされた。
何でも母のパート先の友人の娘がもうすぐ結婚式で、職場内でプレゼントを手作りすることになったと言う。
頼まれたのはゆるキャラだ。凝った造形はしてないものの、母が絵を描くというだけで私はワクワクしていた。
 
翌日の昼過ぎ、母からひとまず出来たと連絡が来た。早いなと思いつつ、帰ったら見せてねと返信した。
その日は可能な限り残業せずに早足で帰路についた。どんな絵を描いたんだろう、そのことばかり考えながら。
 
「ただいまー」
 
リビングに入る。そして……思わず息を飲んだ。
 
母の描いた絵があった。
リビングの床いっぱいに、何枚も。
 
「ああ、乾かしてるから踏まないようにね! もうこんな時間! ご飯急いで作るね!」
 
うん……と返事しつつ床にある絵を眺める。
勿論どれも上手なのだが、ポーズが違ったり、背景が違ったり……頼まれたの、1枚じゃなかったけ。
ふと1枚の絵が目に入って拾い上げると母が、
 
「あ、それ、色混ぜるの失敗して変な色になっちゃったのよー変でしょう?」
 
バタバタと夕飯の準備をしながら、母は面白くて堪らないみたいに笑った。
そしてそんな母の姿に、胸がドキドキしている自分がいた。
 
夕飯を作りながら母はこう言った。
 
「午前中に百均で道具一式買ってすぐ始めてね、昼過ぎには出来たんだけど、描き始めたらもっと描きたくなっちゃって、ついこんなに描いちゃったの。でも……うん。お母さん、やっぱ絵が好きなんだろうねえ」
 
しみじみとした母の言葉は、実感がこもっていた。
 
ああ、いいなあ。
お母さんみたいに、絵を描きたいなあ。
 
描いたらまた自分の才能の無さにきっと苦しむのに。それでも、また母に突き動かされて私は絵を描きたくなっていた。
 
とりあえず、今日の夜にでも描こう。悩むのは、そのあとでいい。
 
 
 
 
***
 
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2023-04-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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