人生で一度は言ってみたい「釣りはいらねぇ」が言えるのはこんなとき
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:古川 実花(ライティング・ゼミ4月コース)
「ここで降ります。お釣りはけっこうです」
そう言って信号待ちのタクシーから降り、建物まで走った。
お役所だから1分1秒遅れられない。
***
ゴールデンウィークに入る前の金曜日。
私の会社では平日である5月1日と2日も休みだ。休み前はなんだか仕事がバタバタする。
そんな日の朝、なかなか提出されなかった書類がようやく手元に届き、急遽予定を調整して午後から役所へ行くことになった。
スケジュールの都合で、16:00に閉まる役所の最寄駅には15:40着の電車で向かうことに。駅からは徒歩5分程度のため、電車の遅延がない限りは間に合うだろう。
忘れ物はないか。
持って行く書類にはダブルチェックを上回るトリプルチェックがなされた。
実は、急ぎで提出が必要な書類で、ゴールデンウィーク明けの提出だとこの後に続く手続きが間に合わない可能性があったのだ。
書類集めに時間がかかったのは、たくさんの人が関わっていたからでもある。皆んながすぐに対応してくれれば早いのだが、一人ひとりの遅れが積み重なるとギリギリになってしまう。
不備があると書類が返送されてやり直しとなるため、一切の不備なく提出する必要がある。さすがに3人の目が通れば大丈夫だろう。
準備万端。リュックを背負い、手提げカバンを持っていざ出発。
アップテンポな曲を聞いて、夜に予定している宅飲みの料理を考えながら駅へ向かう。
***
さあ、順調に乗り換え駅まで来たぞ。
降りてすぐ、ふと、何か足りないことに気づく。
……手提げカバンがない!!
財布も入れていた手提げがない。まずい。どこだろう。まずい。書類、今日提出するって言っちゃった。けど財布がないから乗り換えもできない。まずい。
電車の中かな……。
そう思い、終点のため停車していた電車にもう一度乗り、乗っていた座席あたりを見回す。
ない、ない、ない……。
あと考えられるのは会社の最寄駅で座っていたベンチの上。
もう書類の提出は諦めるしかないか……。
いったん最寄駅へ戻る電車に乗り、ベンチの上で見つかることを心から願った。
今年一番の申し訳なさが、頭の中をぐるぐる巡る。
とりあえず、新入社員研修で「悪いニュースほど早く伝えましょう」と習ったので、とってもとっても勇気は必要だったが上司に報告した。
「〇〇駅に財布など入れた手提げカバンを置き忘れたかもしれません……。一度、駅に戻ります」
中途入社して4ヶ月。
後輩を育成する先輩・上司の方がこの記事を読んでいたらぜひ覚えていてほしい。慣れと疲れが出始め、ちょっと大きめのやらかしが発生しかねない。4月入社の方なら8月初旬のお盆前くらいが危ない。
引き返していることへの申し訳なさが100巡したくらいで、どうにかして関係先に謝らなくても済む方法がないか、つまり、今日中に役所に書類提出できる方法はないかと考え始めた。
会社の最寄駅でカバンが見つかることを前提に、タクシーでかかる時間を調べてみる。
駅の到着時刻は15:32。タクシーから役所までの所要時間は25分。
え、ギリギリ間に合う。
16:00に間に合わそうと思ったら、もうタクシーで向かうしかない。
自腹を切ることになるが今回は100%私の過失だ。とりあえず何とか今日中に書類を提出したい(関係者に「提出できませんでした」と謝りたくない)。
電車を降りてから無駄なく動けるよう、電車の扉が開いた後の行動パターンを頭に入れていく。
***
人は、目標のためならその達成の途中にある障害を乗り越えられる生きものだ 。
五円玉を使った、こんな実験をご存知だろうか。
一つのグループには「五円玉を立ててください」と指示を出し、もう一つのグループには「五円玉を立てて、穴に糸を通してください」と指示を出す。
すると、五円玉を立てるだけでなく、穴に糸を通す必要もあった後者のグループの方が五円玉を立てられた人が多かったのだ。
穴に糸を通すことが目標のため、五円玉を立てることは当然、乗り越えなければならない障害として乗り越えてしまうのである。
今回、書類を16:00までに役所に提出する、という大いなる目標がある私にとって、手提げカバンを駅で見つけることは当然乗り越えなければいけない障害だった。
電車が減速し、駅のホームに入る。
反対側のホームに目を凝らしても、置き忘れたであろう手提げカバンはない。パターン1「ベンチにそのままカバンが置いてあった時」の可能性は消えた。パターン2だ。
階段を駆け下り改札口の駅員さんに勢い込んで聞くと、少し後ろを振り返って「どんなカバンですか?」と聞かれた。
そこにあるな私のカバン!!
心の中で叫びながらカバンの色と素材を答え、それはすぐに出てきた。
ほっとしたのも束の間。
超特急で受け取り手続きを済ませ、改札を出てすぐのところに止まっていたタクシーに飛び乗った。
早口で目的地と時間の制約を伝えると、すぐにタクシーは走り出した。運転手は、見た目年齢70歳の白髪おじいちゃんだ。
【15:37】
間に合うか。
地図アプリで表示される到着予定時刻は16:00ちょうど。
「どうかなあ、間に合うかなあ」
運転席からのんびりとした声が届く。
渋滞や信号の引っかかり具合によってはもう間に合わない。せっかく自腹を切っても、無駄になる可能性がある。
……いや、気持ちで諦めたらダメだ。
「いける」と信じる気持ちはきっと運転手のおじいちゃんにも伝わってギリギリ間に合うかもしれない。根性論だ。
少し進むごとに現在地情報を更新して、残り何分で到着するかを確認する。
予定時刻は変わらず16:00。
信号に捕まろうが、ちょっと渋滞しているようにみえようが、変わらずずっと16:00。
マップの精度の高さに驚かされながら、事故を起こさない程度に急いでほしいと念を送る。
想いが伝わったのか、おじいちゃんもめちゃくちゃ頑張ってくれている。
細い道をくねくね走り、車通りの多いところになると右へ左へ車線変更しながらどんどん進んでいく。
もう間に合わなくてもおじいちゃんには精一杯感謝の気持ちを伝えようと心に誓う。
【15:59】
役所手前の信号が赤であることを確認。
料金は2860円。
お財布の中には1000円札が3枚入っていた。
「ここで降ります。お釣りはけっこうです」
そう言って信号待ちのタクシーから降り、建物まで走った。
お役所だから1分1秒遅れられない。
【16:00】
そのとき、私は役所内のエレベーターに乗っていた。
どうか窓口よ、開いていてくれ……!
該当階に到着するとまだ窓口は開いていた。
よし! いける!
ゴールデンウィークの休み前でできていた列の最後尾にしれっと並び、順番待ちに加わった。
よかった。これで謝らなくてすむ。
***
最後まで読んでいただいた皆さんにお願いです。
どうか手続き関係の書類は指定された期限までにご提出ください。
実は先月も1件ギリギリで手続きをお願いし、今回の手続きではバッチリ担当者の方に顔と名前を覚えられていました。
恥ずかしいったらないです。
***
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