メディアグランプリ

数十秒の過酷な環境が紡いだ絆


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:小笠拡子(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「さぁ、この激流をみんなの力だけで下れー!」
ガイドの掛け声と共に、ゴムボートに乗る4人のメンバーは必死にオールを動かす。
 
「右側、こぎまーす! いっち、に! いっち、に!」
「次は左側やなー! せーの!」
 
声を掛け合いながら、勢いよく流れる川の流れに乗ってこぎ進んでいく。
 
ここは徳島県西部に位置する、大歩危(おおぼけ)・小歩危(こぼけ)。四国山地を横切る吉野川の激流によって創られた約8kmにわたる溪谷だ。
 
吉野川は日本屈指の暴れ川であり、日本一の激流とも言われている。そんな吉野川の激流を楽しむ有名なレジャーが「ラフティング」。
 
1艇のゴムボートに複数名と1人のガイドが乗船し、川を下るアウトドアのアクティビティ。日本一の激流といえども、流れが緩やかなコースもあるので、年齢を問わずに楽しめるレジャースポーツだ。
 
5月の中旬、私は友人と共に2人でラフティングに申し込んだ。人生初のラフティングだ。とても楽しみにしていた反面、一つの不安を抱えていた。それは「相乗り」問題。
 
1艇に乗れる人数が大体7名までなので、仲の良い友人たちとグループを組めばボート1艇を貸し切ることができる。しかし夫婦やカップルといった2人1組での参加となる場合は、いわば「相乗り」になる。
 
つまり、その日に初めて会った人たちと共に川を下ることになるのだ。ラフティングのコースは少なくとも3時間弱。今まで話したこともない人たちと、それだけの時間を一緒に過ごし、楽しめるのだろうか?
 
私の初対面との相乗り経験は、テーマパークのアトラクションぐらいだ。これは相乗りの相手が誰であろうが、アトラクション自体を楽しめばいいし、時間も数分程度なのでそれほど大きな問題ではない。
 
だが、ラフティングではそうはいかない。ボートに乗ったメンバーは運命共同体のごとく、3時間を共に過ごすことになるのだ。
 
相乗りする相手がどのようなタイプかで、盛り上がり方も変わってくるだろう。テンションが高いタイプならスリリングなひとときになるだろうし、大人しいタイプであれば穏やかな時間を過ごすことになるはずだ。
 
申し込んだはいいものの、どんな人たちと相乗りになるのか…。不安を抱えながら、ラフティング当日の朝を迎えたのだった。
 
ラフティング当日。太陽の光がさんさんと降り注ぎ、ウェットスーツを着てじっとしていると、じんわりと汗が滲んでくる。5月の新緑がとてもきれいで、両側には大理石の彫刻のような景色が雄々しく広がる。
 
私たちの相乗りの相手はおとなしめのカップルだった。集合場所からラフティングのスタート地点まではマイクロバスで移動する。この時間を有効活用してボートに乗る前にできるだけ交流を深めようと試みた。が、恥ずかしそうに、控えめな声で話す様子にこちらの心がぽきん、と折れた。
 
「相乗りの人がおとなしめの人たちなら、正直めちゃくちゃ盛り上がることはないだろうな…」
 
私はラフティングではしゃぎたかったが、相手のテンションにも適度に合わせようと、少し寂しい気持ちで外の景色を眺めた。バスで15分ほど移動し、スタート地点に到着。ラフティングでの注意事項やオールの使い方、こぎ方のレクチャーを受けて、いざボートへ。
 
私たちのボートには、筋骨隆々なネパール人の若い男性がガイドについてくれた。流暢な日本語での説明を聞きながら、みんなでボートを漕いでゆっくり川を下っていく。
 
ガイドの「ラフティングは初めて?」という質問に、元気よく「初めてー!」と答えたのは私と友人だけ。いまいち盛り上がらない。
 
「あぁ、あとどれくらいの時間を一緒に過ごさないといけないんだろう…」と、さっき始まったばかりにも関わらず終わりのことを考え始めていたその時。第一の激流ポイントが見えてきた。
 
勢いよく流れる水の音、岩にぶつかって上がる水飛沫。「ボートにつかまって!」という掛け声でみんなが一斉にボートのロープを掴む。
 
バッシャーン!
ボートが縦に、横に、大きく揺れて川の水が覆い被さってくる。これぞ天然のジェットコースター。激流を抜けたあとの姿は悲惨だった。長い前髪が張り付いた顔、衝撃でズレたヘルメット。最初はみんな呆然としていたが、お互いの姿を見るうちに自然と笑いが起こった。
 
たった数十秒の出来事だった。しかし、この数十秒はボートメンバーが一気に距離を縮めた瞬間でもあった。「激流を下る」という過酷な環境をくぐり抜けたことで、ゆるやかな仲間意識が芽生えたのだ。
 
「みんなビショビショだね! まだまだ遊ぶよー!」
ガイドの元気な声に、みんな自然と「イェーイ」と声をあげていた。そこからのラフティングは最高の時間だった。
 
立って円陣を組みながらボートを一周するゲームをしたり、ロデオボーイのような格好で激流ポイントを通過したり。高い岩場から飛び込む仲間をみんなで応援して、ボートに引っ張りあげたりもした。
 
気まずかった空気感はすっかりなくなって、笑い声の絶えないボートになっていた。そして、最後の激流ポイントに迫る。
 
最後の関門は、ボートメンバーだけで激流ポイントを抜けるのがミッションだ。「さぁ、みんなの力だけで下れー!」と叫ぶガイド。「右、こぎまーす!」、「左いきまーす!」と声をかけあいながら大きく揺れるボートを前へと進めて行った。
 
バッシャーン! 「わー!」「きゃー!」
川の水が岩に当たって、大きな飛沫と声が一緒に上がる。流れが緩やかになり、一息落ち着いたところでガイドが声を張り上げた。
 
「激流、下れたぞー! みんなオールを掲げろー!」
 
びしょ濡れになった顔をくしゃくしゃにして笑いながら、各々が持つオールを天にかざし、ガチャン! と合わせ、みんなで叫んだ。
 
「最高―!!!」
 
心地よい疲労感に包まれながら、揺れるマイクロバスに身を預けていた。相乗りが楽しいと思えたアクティビティは生まれて初めてだ。最初は不安を感じていたが、初対面の人たちと乗るからこそ得られる体験があるように思えた。
 
すでに親しい仲間たちと過ごすのも、もちろん楽しいだろう。しかし、この場で初めて知り合った者同士だからこそ絆が芽生えるのだ。最初の激流の数十秒間は、絆を産んでくれた奇跡の瞬間だったように思う。
 
もう相乗りしたカップルと2度と会うことはないかもしれないが、私の記憶の中に深く刻み込まれている。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2023-06-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事