メディアグランプリ

メンチは肉だけにはあらず


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田盛稚佳子(ライティング実践教室)
 
 
「ねえねえ、今回のオススメがあったら教えて!」
スマホの向こうで、どれどれと言いながらしばし沈黙が続く。隅々まで見てくれているのだ。
話し相手は青森県に住む友人Sちゃん。彼女も食べることが大好きで、お互いに「美味しいもの」を語るのがここ数年、日課のようになっている。
私と彼女が見ているのは「東北物産大会」のデジタルチラシだ。
翌日から福岡のデパートで開催されるイベントを前に、すでにボルテージが上がっている。
「そうねぇ。チカちゃんは、林檎スイーツも買うんでしょ?」
「もちろん! もう買いたいものリストに入れてる」
「そしたら……、イカメンチかな」
「えっ? 何、そのイカメンチって」
「ほら、このチラシの上のほうにある丸いやつ。こっちではよく食べるの。オススメよ」
 
グルメなSちゃんからオススメされたもので、今までハズレだったものは何一つない。
昨年の東北物産大会で教えてくれた林檎スイーツが、すでに今年のリストに入っているのだ。
「46歳になるまでこんな美味しいものを知らなかったなんて……」
と過ぎし日を何度悔やんだことか。
「Sちゃん、ありがとう! 行ってみるね」
私の中でこういうイベントは「初日に行く」と決めている。
なぜなら、初日は必ずローカル番組が昼もしくは夕方に生中継を放送する。それを見た視聴者が、明日行ってみようかなと感化されて押し寄せたら、お目当てのものが売り切れてしまう可能性があるからだ。
 
そして迎えた初日。
ランチの時間からカウントダウンが始まっていた。
「イカメンチってどんな味かな……?」と思いながら、弁当を頬張る。
午後からの打合せではノートパソコンに向かいつつ
「あのまあるい中には、イカと何がどんなふうに詰まっているんだろう?」とチラシで見た姿を思い浮かべる。
夕方にはトイレに行く途中に小声で「イッカメンチ~、イッカメンチ~♪」と謎の鼻歌まで出てくる始末である。
 
しかし、そんな時に限って仕事がやってくる。
「田盛さん、この調べものをお願いしたいんだけど……」
なぬ!? こやつ、私の行く手を阻む気か!? と武士のような気持ちのまま尋ねる。
「これって、いつまでですか? 今日中がよろしいですか?」
「いや、急ぎじゃないから。金曜までだとありがたいな」
「金曜ですね! 承知しました」
金曜ならあと3日もある。楽勝楽勝! 行く手を阻むどころか、駿馬に乗せてくれた気持ちになり、私は颯爽と会社を出た。
 
会場に着くとすでに大勢のお客さんでにぎわっていた。
コロナがインフルエンザと同等の5類に見直されたことで、今まで控えていた試食や試飲が増え、売場も昨年より活気づいている。
さらに実演販売が再開されたことも相まって、美味しそうな香りがフロア中に漂っているではないか。おやつをガマンしただけに腹ペコだ。
ずんだシェイクのお店の行列を横目に、お目当ての店へとまっしぐらに進む。
買うものが決まっているというのは、なんともスムーズだ。
「どれにしようかな」と悩むのもそれはそれで楽しい。
しかし、今日はSちゃんオススメの「イカメンチ」が待っている。ほどなくして、会場のベストポジションにその店はあった。
揚げたてのジュウジュウという音と香ばしい香りが鼻孔をくすぐり、うちの猫のように自分の鼻がひくひくと動くのがわかった。
 
「津軽イカメンチ」の朱色の筆文字が渋い。
見た目はたこ焼きよりもひと回り大きいサイズで、こんがりと揚がったその姿は「さあ、今が食べごろだぜ」と言わんばかりだ。
味もプレーン、マヨコーン、ピリ辛七味と3種類もあって選べない。しまった。そこまではSちゃんに聞いていなかった。
うむむ……と悩んでいると、ご主人が揚げたてを持って元気よく声をかけてきた。
「お客さん、今日はこれが最後! 3種類が12個で1,000円! 冷めても3日持つよ、どう?」
「本当ですか!? じゃ、それ!」即答だった。
お代と引き換えに渡されたイカメンチ12個は本当にほっかほかで、思わず「あっつ!」と声を上げた。
割と早足な私が、さらに早足で競歩の選手ばりに駅へと急ぎ帰宅の途についた。
 
「今日は青森のイカメンチ買ってきたよ。食べる?」
食事後でお腹いっぱいのはずの両親が、その丸い姿と香りに惹かれ「お、食べようかな」と手を伸ばす。
家族揃って、まだ熱いイカメンチを一口。
イカの歯ごたえと旨味、荒めに刻んだ玉葱の甘み、塩胡椒のバランスがたまらない。
「これ、いいねぇ! 一つでご飯一杯いけちゃうね」
「お酒にも合いそうよ」
一つでも食べごたえはあるが、もう一つ、あと一つと箸が進んでしまう。
結局、一人で3種類がペロリと胃の中に消えた。これが家庭で出てくるなんて青森県民が羨ましすぎる。
 
イカメンチはもともと津軽地方に伝わる家庭料理で、イカを刺身にした際に残るゲソを叩き、野菜とともに小麦粉でまとめて揚げたのが始まりらしい。
諸説あるが、戦中戦後の食糧難の時代には、貴重なイカを余すところなく、そして野菜くずも一緒に美味しく食べられるよう工夫されたとも言われている。
当時の人々のちょっとした知恵が新しい味を生み出し、各家庭によって少しずつ味や形を変えながら今も継承されていること、その味に出会えたことが本当に嬉しい。
こう思えるのも青森県民のSちゃんのおかげだ。今年もありがとう。
そう感謝しながら、私は最終日を明日に控えた売場へと足を延ばす。
あのイカメンチをもう一度味わうために。
 
 
 
 
***
 
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2023-06-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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