彼女が相棒になった日
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:西川英毅(ライティング・ゼミ6月コース
「みゃーみゃー」
どこかで子猫の声がする。じっと耳を澄ましてみる。
そっと妻と娘を見ると、同じように耳を澄ましている。
「鳴いてる?」「うん」妻と娘2人同時にうなずく。
梅雨が明け、じりじりと日差しが照り付ける炎天下に出てみる。
ガレージ前の側溝を覆っている鉄板の下あたりから鳴き声が聞こえてくる。
鉄板の下をのぞき込む。
炎天の日差しを避けながらその子は黒い弾丸のように見え、小さな体に似つかわしくない大きな声で鳴いていた。
手が届かないので、追い出すため物干し竿を突っ込んでみる。
ピュッ! 子猫は反射的に飛びだしてきた。小さいくせに速い。
転びそうになりながら必死の思いで追いかけ、捕獲することに成功した。
妻に聞くと、昨日子猫がガレージに入り込んでいて鳴いていたのだが、餌を取りに行っている間にいなくなり、心配していたのだという。
汗だくになりながら、急いで家に連れて帰り、まじまじと手のひらサイズの子猫を観察する。生後2か月も経っていないのだろう。子どもの時にしか見られないキトンブルーと呼ばれる青い目をしている。ケガはないか一通り体を調べてみる。よしよし、ケガはないようだ。
こんな小さな体のどこからあんな大きな声が出ていたのだろうか。よほどお腹がすいていたに違いない。待ってろよ、すぐごはんをあげるから。
わが家には、6才になる先住猫がいるので、猫の扱いには慣れている……。
はずだった。
だが、先住猫はペットショップからもらい受けた猫で、野良猫の扱いは初めてだ。
まずはごはんを食べさせなくては。
ウェットフードをお皿に乗せ差し出すと、おいしそうにペロリと平らげた。
次は、知り合いの保護猫団体に今後のことを聞いてみた。
「まず、ごはんをあげたら病院で検査を受けてください。先住猫がいるのなら、しばらく隔離してください」と教えてくれた。
そうか、病院か。先住猫とも接触させたらダメなんだな。
「えっと、ところで。飼うのですか?」
私の年齢を知っているので、保護を頼むのかもしれないと思い、尋ねたのだろう。
ん、そこまでは考えていなかったぞ。私は還暦、この子が15年生きたとして75才か。人生100年時代だし、生きがいになるかもな。しかも先住猫の遊び友達にもなるしな。
「飼います」
検査結果、異常なし。少し衰弱しているが、元気なキジトラの女の子。
さあ一緒に帰ろう! お前も今日から家族の一員だ!
連れ帰ってからが大変だった。
6年ぶりの子猫の世話。トイレのしつけもされていない生後1か月ほどのお腹をすかせた子猫。必要なものは、っと。
家族と相談しながら、リストアップしていく。
「名前はどうするの?」先住猫は娘が名付けた「ハーマイオニー」ちゃん。
ハリーポッターに出てくるヒロインの名前だ。
「この子はどうする?」と娘に聞いてみた。
「クルックシャンクス」
またまた同映画に出てくる猫の名前だ。
名前は「クルちゃん」に決定した。
ハマちゃんが慣れるまで、しばらくは隔離生活だ。
普段使っていない部屋をクルちゃん専用にし、子猫と先住猫との生活がスタートした。
1か月もすると子猫は一回り大きくなり、家族にも慣れ、よく食べよく遊んだ。
心配していた排泄だが、砂を入れたトイレを置いてやると、一度も粗相することなくやってのけ、誰も教えていないのに、立派に砂をかけているではないか。
とにかく、何をしていても気になってすぐ部屋を覗いてしまう。
気づかれないようにそーっとドアを開けるのだが、気配でわかるのか、目と目がバッチリ合う。
「みゃーお」
しょうがないなぁー、遊んでやるか。ニヤニヤしながら部屋へ入る。
どっちが喜んでいるのかわからない。
遊んでやると、こっちがクタクタになるか、猫が遊び疲れて寝てしまうまで、放してくれない。というか、可愛いすぎて離れたくない。
けど、クルちゃんとばっかり過ごしていると、ハマちゃんがヤキモチを焼くだろう。
そりゃそうだよな、ついこの間まで一軒家を我が物顔でのし歩き、家族の愛情を独占していたお姫様なのだから。
考えた末、見守りカメラを設置した。今どきのカメラはよくできている。安いくせに夜でもクッキリ映る。おまけに猫が動いたら追尾するし、自動録画もしてくれる。これで、クルちゃんが起きている時だけ覗きに行けばいい。
あれから1年。最初は、テリトリーを荒らす侵入者に、今まで見たこともないような恐ろしい顔で「シャー!」と威嚇していたハマちゃんだったが徐々に慣れてきて、コロンと一緒に寝転んだり、追いかけっこしたりと、仲良くしている。
私はというと、常時クルちゃんに付きまとわれている。
朝は鳴きながら顔を踏んずけ、夜はベッドにもぐりこまれる。
私が寝入ると、寝室のイスで丸まって見守ってくれる。
こんな加齢臭のするおっさんの何が気に入ったのか、わからない。
人生100年時代。
15年なんて言わないで、あと40年ぐらい、見守り、見守られながら一緒に楽しく過ごそうよ。
よろしく頼むな、相棒!
つぶらな丸い瞳に、おまえもがんばれよ! と言い返されたような気がした。
***
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