ばあちゃん、長生きしてとは言わないよ
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記事:北本 亮太(ライティング・ゼミ6月コース)
「ばあちゃん、亮太に会いたいってさ。何か話したいことがあるらしいよ」
昨年の秋のことである。突然、母に言われた。母方の祖母からのお呼び出しに私は驚いた。なぜなら私は祖母に「もう会えない」と思っていたからである。
病気がちの祖母は世間で猛威を振るっている新型コロナウイルスを大いに恐れていた。コロナが流行してからというもの、会う人は娘2人(母と母の妹)のみ、外出は医者と買い物のみという徹底ぶり。私が祖母の家の近くに用事があった際、「会えない?」と電話しても「来なくていい。コロナうつったら大変だから。ごめんね」と追い返された。それ以降、「ああ、これは会うのは葬式まで無理かなあ」と思っていたのである。
私は典型的な祖母っ子だった。幼い頃、共働きの両親に取って代わって面倒を見てくれたのが祖母だった。小学校に入ると夏休みになったら週に3回は通った。中学校に上がっても年末年始はずっと入り浸っていた。そんな生活は大学生になるまで続いた。
祖母の家は私の「隠れ家」のような存在だった。なんと言っても「勉強しなさい」と言われることがなかった。「やれって言っても人間、できないからさ、できるときにやったら良いよ」。祖母は僕の気持ちをよく分かってくれた。僕はその考え方が好きだったし、合理的だと思っていた。だから家で1時間しかプレーすることが許されないテレビゲームも祖母の家では何時間しても怒られなかった。ゲームに飽きたらトランプして、ご飯を食べて……。自由に過ごせるこの空間が何より好きだった。
そんな祖母だから、コロナで会えないときは寂しかったし、会うのを断られたときは泣きそうだった。
そんな祖母も歳を取った。病気も重なり、最近は元気がないと聞いている。さて、呼び出しとは一体何だろうか。
「久しぶり〜。ばあちゃん、元気……?」
「亮太、よう来たね。はあはあ。ごめんね、話すと辛いんやわ」
かれこれ祖母と3年ぶりの再会である。明るく振る舞ってみたものの、元気とは程遠い感じだった。腰は前より曲がっているし、息は辛そうだった。玄関先で座る祖母はいつになく小さく感じる。私はなんとなく悟った。そして祖母が口を開く。
「亮太、ばあちゃんな、難病になってしまった。お医者さんが余命あと1年って……」
ああ。やっぱりか。なんとなく察してはいたけど、そうなのか。沈黙が流れる。
「あんた、初孫やし、伝えんとなあ思て」
「まあ、いつ死んでもええわ。もう辛いし」
ああ。いざ言われると、悲しいなあ。常に僕の味方でいてくれた祖母。高校時代、父と勉強をするかしないかで喧嘩し、祖母の家に家出した。家に来た父に対して祖母は「亮太を自立させてあげなさい」と父に説教してくれた。私が離婚した際は「その人はピンク色の糸やったんやわ。赤い糸の女性は亮太なら必ず見つかるからね」と励ましてくれたこと。僕が辛い時、祖母から励まされてきた。そんな記憶が頭を駆け巡る。
祖母に今こそ恩返しする時ではないか。辛い祖母を楽にさせる一言はないのか。必死で考えたが、そんな気の利いた言葉も出てこず、時間になり、帰ることに。車に乗り、見送りで手を振る祖母。私は咄嗟に叫んだ。
「ばあちゃん、長生きしてなんて言わないからね! またお正月に会おう!」
祖母は驚いたような顔をした後、笑っていた。その日見た中で一番良い笑顔だった。
そうだ。保育園や小学校での敬老の会で祖父母に「長生きしてね」と口癖のように言っていたが、それは「健康で」という前提があってこそ。今の状況で長生きするのって、辛いよな……。それなら、ばあちゃんに会うたびにこのセリフを言えば元気になるのでは……? 名付けて「長生きしなくていいよ、また会おう作戦」の始まりである。
迎えた正月、祖母の家に行くと、鼻にチューブを付けていた。体調は引き続き悪いようだ。来年を生きて迎えられるか心配している。もう一度、あの台詞を言ってみた。
「ばあちゃん、長生きせんでええから、またゴールデンウィークに会おうさ」
また、祖母は笑った。心なしか、笑顔を見せるときは病気を忘れているようにも見える。このまた会おう作戦は一応効果があるのだろうか。
そういえば、昔、祖母は僕に勉強を強制しなかった。その結果、必要なときに勉強を頑張った。15年後、奇しくも立場が変わって僕が祖母に生きることを強制しない言葉を掛けている。祖母も何かしら気持ちに変化があるのではないだろうか?
後日、母が祖母の気持ちを教えてくれた。
「なんかあんたら孫たちに会うのが楽しみみたいよ。自慢の孫やってさ。最近、ちょっとだけ元気になってきたみたい」。どうやら、今のところ私が考えた「長生きしなくていいよ、また会おう! 作戦」は成功しているようである。ゴールデンウィークも過ぎ、次はお盆だ。それまでは祖母に笑顔で過ごしてほしい。
人間、いつかは死ぬのだ。祖母とも別れる時は来る。私はそれまでに、今まで祖母から教えてもらったことを少しでも返したい。最後の祖母孝行はいつまで続くだろうか。そんなことを思いながら、次に会う時を心待ちにしている。
***
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