メディアグランプリ

小さなケースに自由をたくさん詰め込んで

thumbnail


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:柴沼由美子(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「明日から、弁当つくらなくていいよ」
結婚して20年以上過ぎた頃、そう夫から告げられた。
毎朝の弁当作りは苦痛であり、同時に少し楽しみでもあった。自分が忙しかったり体調が悪かったりしたときは冷凍食品と夕べの残り物の詰め合わせになってしまうが、時間の空いたときには一口サイズのハンバーグを幾つも作り、焼けばいいだけの状態で冷凍したり、ネットから拾ったレシピを試してみたりした。大変だと口ではいいながらそれなりに楽しんでいたのだ。
やがて夫が定年を迎え、退職の日の朝
「長いことお疲れ様でした」
と言いながら最後の弁当を渡すシーンを思い描くことも度々あった。
ところが、長きにわたる弁当作りライフは、冒頭の夫の言葉で突然終わりを告げた。
 
夫はディーラー勤務の自動車整備士だった。整備士はある年齢になると整備士を引退し営業職になることが多い。夫もその年齢にいつのまにかなっていたのだ。
ツナギからスーツに着替え、毎日外回りの日々となった。
最初の頃は弁当生活を継続していたが、外回りの不規則さ加減に弁当持ちが難しくなってきたのだ。
私はほっとするのと同時に、寂しくもある複雑な気持ちで夫の言葉を聞いたのだった。
さて、それから私は自分だけの弁当を作るのも面倒になり、通勤途中コンビニでパンを買っていくようになった。
パンを選ぶのは楽しみではあったが、あることに気づいてしまった。
「お金、かかるよね」
美味しいパンは高い。安いパンは不味い。弁当持って行った方が、安くてそこそこ美味しいランチが食べられる。
でも、一度弁当作りを引退してしまうと限りなく面倒に思えてしかたがない。
何かいい方法はないかと模索しつづけたある日
「おにぎりはどうだろう」
と思いついた。
 
ネットでみかけた、おにぎり型をしたケース、その名もずばり
「おにぎりケース」
を使って、毎日具沢山のおにぎりを握る。これなら簡単に続けられそうだ。
私が購入したのは、コンビニおにぎり二個分くらいの大きさのおにぎりケースだ。ラップを敷いたケースに毎朝炊き立てのご飯と具を入れ、ラップで包んで付属の型でぎゅっと押す。熱々のご飯を手で握って熱い思いをすることもない。もちろん手も汚れない。それになんだか楽しそうだ。
具を何にしようか考えて買い物をした。柴漬けと蜆の佃煮、冷凍の焼き鳥を選ぶ。焼き鳥丼をイメージした。
水に醤油とみりん、少量の酒を混ぜて米を炊くことにした。米が炊き上がるいい匂いに、朝からお腹がすいてきた。炊き上がった米を、おにぎりケースに移す。半分くらいのところで、あらかじめ解凍しておいた焼き鳥と佃煮、柴漬けを乗せ、さらに残りの米を盛る。型で押すと、想像していたよりは小さなおにぎりができあがった。昼食が楽しみだ。
 
それからレパートリーはどんどん増えた。炊き上がった米にカレー粉とバター、チーズを入れたチーズカレーおにぎり、王道の梅干しおにぎり、一口ハンバーグを入れたハンバーグおにぎり等。
なかでもお気に入りは、炊き上がった米に胡椒、七味唐辛子、ラー油、鷹の爪の輪切りを入れて混ぜた、ピリ辛おにぎりだ。量を間違えると偉いことになってしまう、スリリングなおにぎり。
作り置きした味付き卵を丸ごといれたおにぎりは、卵が半熟のため食べるのに一苦労した。とろーり溶けだす黄身が流れ落ちそうで食べ方にも工夫がいる。
焼きおにぎりにも挑戦したかったが、朝から手間がかかり過ぎるため断念した。
 
おにぎり作りは苦がなく楽ばかりだった。簡単なせいもあるが、自分だけのために作るため結構冒険できるのが楽しい。エスニック風にしたくてナンプラーを入れてみたが、これは失敗。ナンプラーの量が少なくて風味を感じなかった。再挑戦してみたい。
おにぎりはシンプルな分、工夫の余地がたくさんある。毎日作るようになって初めてそのことに気づいた。白いご飯は何とでも合う。コンビニに行けば、種類抱負なおにぎりに出会う。見ているだけで楽しい。工夫の塊だ。
夫のために作っていたお弁当もこんなに楽しめればよかったのに、と今さらちょっと後悔してみる。
「面倒くさい」
とぶちぶち言っていたことを反省。夫よごめん。
でも人のために作る料理は毎回少しのプレッシャーがあるのだ。美味しいものを食べさせたくて、頑張り過ぎてしまうこともある。
「こんなの作ったら面白そう」
という好奇心だけで料理して、失敗しても食べるのは夫なのだ。
だから夫の弁当は保守的にならざるを得ない。
「うーん、愛って不自由なものなのね」
そんな大きな話だったか?
 
自分のために作るおにぎりは、自由と冒険に満ちている。
(また大きく出たな)
私は今日も、おにぎりケースに自由と冒険を詰めて出勤する。そして、夕食には少しの不自由とたっぷりの愛情を込める。
定年を迎え、おにぎり作りが終了したとき、私は私になんと声をかけるのだろう。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2023-09-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事