メディアグランプリ

言葉には魂が宿る


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記事:京 みやこ(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
その日は二月としては特別に寒いとは言えないが、二、三日暖かい日が続いた後だったので、余計に寒く感じられる日だった。
わたしは友達と食事を楽しんだ後、首元を寒さから守って走り、9時50分の地下鉄に滑り込んだ。帰宅ラッシュの時間は過ぎていたが、金曜日の夜ということで地下鉄の座席は埋まっていた。周りを見渡しても座る席はなさそうだった。
座るのを諦めた時、目の前で楽しそうに話していて二人連れの一人がほんの少し空いていた席を広げるように、連れの方にぎゅっとより、そしてわたしにそこに座るように促した。
「どうぞ」
なんとかわたしが座れそうなぐらいのスペースができていた。お断りするのも申し訳ないと思い、ご厚意に甘えて座らせていただいた。ぎゅうぎゅうではあったが、しかし座れるのはありがたかった。その時、その席を作ってくれたその女性がわたしに囁いた。
「大変だったね」
「???」
一瞬、わたしの頭の中はパニックになった。この言葉はどういう意味なんだろう? わたしは今地下鉄の電車に乗り込んできたばかりで、ずっと立っていたわけではないことをこの人も知っているはずである。だからこの「大変だったね」はわたしが長い時間立っていたことに対しての労いではなさそうだ。
今日は久しぶりに寒かったし、夜になって冷え込んできたのは事実だ。こんな寒い日に、こんな時間まで働いていたとこの人は勘違いして、労ってくれたのだろうか。しかしわたしの服装はジーンズにリュックでどう見ても職場帰りの服装ではない。
「大変だったね」が何を意味するのかわからないので、それを言った人が誰なのか探った。横に座っているその人を手元をチラッと見ると、持っている鞄はブランド物で服も上等そうだ。会社の社長か何かをしていて、いつもこういう労いの言葉を社員や部下に発しているのだろうか。でもわたしは彼女の会社の社員でもないし、さらに知り合いでもない。わたしは彼女を知らない。そしてきっと彼女もわたしのことを知らないと思う。そのような知らない人に「大変だったね」などという言葉を普通の人は言わない。
「普通の人ではない!」そうわたしは感じた。
ひょっとしてこの人は天使で、わたしの人生に対して労ってくれたのだろうか。確かに50歳で離婚した。そこに至るまでの結婚生活を振り返ると決して幸せな人生だったとは言えなかった。そして離婚後はさらに大変な人生が待っていた。したことのない仲居という仕事もした。着物を着て食事を運び、父親にも夫にもお酌をしたことがなかったのに、お客にはお酌をした。女将に叱られ泣いたこともあった。過去の思い出が走馬灯のように脳裏に浮かんだ。
「そうだ、大変だったな」そう思った。そしてこの天使はわたしのそのような人生を労ってくれたのだと感じた。目の奥が熱くなった。この人は本当に天使なのだろうか。
しばらくして彼女から「ご苦労さんだったね」とさらに一言が付け加えられた。
やはりわたしに対して労いの言葉をかけてくれている。普通の人間なら地下鉄で乗り合わせた隣に座っている人に声はかけない。かけても「今日は寒かったですね」ぐらいだろう。
「大変だったね」「ご苦労さんだったね」この言葉にはどういう意味があるのだろう。いくら考えてもわからない。そして「それどういう意味ですか」などと尋ねる勇気も持ち合わせていない。わたしは彼女に軽く会釈を返すだけだった。
 
 
言葉には力があり、魂があると聞いたことがある。言葉はその人の口から発せられ、そしてその人の元々の思惑とは関係なく、届いた人のところで生き始める。
「言霊」という言葉がある。発せられる言葉には魂が宿っていて、言葉自体が生きて働くのだ、という考え方だ。だから、死にたいなどと言ってはいけない、その言葉が本当に働き出すからだ。言葉は口から発せられたら、その後、自分で生き始めるから、発した人に本当に死にたいという意志がなくても、言葉がその人を導く、と考えるのだ。だから自分にとって悪いことは言わないほうがいい、と昔聞いたことを思い出した。言葉には力がある。だからなるべくいいことを口に出し、悪いことは口から出さない。人の悪口は言わない。褒め言葉だけを口から出しなさい、と。
この人もそういうことを意識して、常に人を褒め、会社の社員や部下に対してはいつも労いの言葉をかけるようにしてきたのだろうか。
彼女がどういうつもりで「大変だったね」「ご苦労さんだったね」とわたしに言ったのかはわからずじまいで、彼女は先に連れの人と電車を降りていった。
後に残ったわたしの頭の中で、この言葉がリフレインしていた。
「大変だったね」
「ご苦労さんだったね」
言葉には力があり、魂がある。
寒い1日だったが、最後に心が暖かくなった。
神様、天使を送ってくださり、わたしの辛かった人生を慰めてくださりありがとうございました。そう呟いた。
 
 
 
 
***
 
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2024-03-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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