メディアグランプリ

90分を「失ってしまった!」と叫ばれた翌日、枯れない花束をもらいました


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:香月佑水(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
一瞬、言葉が出ませんでした。
唐突に予想外の言葉を言われたとき、頭の中って真っ白になるんだな……落ち着かせようと、必死に自分の状況を分析しながら、食らった言葉をなぞりました。
 
「失ってしまった!」
 
目の前でその言葉を叫んだのは、7年ほど私の勤める塾に通う中学生の女の子でした。
玄関先で靴を履きながら、扉に手をかけようとしていました。
 
これまで怒りの感情を一度も見せたことがない彼女。
扉に向かって、外に投げるように放った言葉の矛先は、見送るためにすぐ後ろにいた私を責めるため……にしてはあまりにも険がありませんでした。
でも、悲しさにくるまれたその言葉の原因を作ったのは、私でした。
 
 
この日、塾の春期講習のスケジュールが全て終了しました。
翌日のお別れ会イベントをもって塾の営業を全て終了し、新学年のスタートとともに閉塾することが決まっていました。
勉強というと「嫌なもの」「やらなきゃいけないもの」というイメージを持つことが少なくない子ども達。
90分の授業時間とは別に、学年や学校を超えた居場所づくりや、学ぶきっかけ作りのイベントを定期的に行っていて、お別れ会イベントにも多くの塾生が「行く!」と参加表明をしていました。
もちろん、今、目の前にいる女子中学生もそうでした。
 
「明日もイベントがあるから、会えるじゃない」
「でももう、ここにきて90分、勉強できないもん!」
あまり負の感情を見せない彼女、閉塾することを伝えてからも、感情を私に向けることはありませんでした。
授業終わりで周りに一緒に友達もいるため、一歩ずつ足が外に出ていきます。
 
頭の中で考えがまとまるよりも先に、私の口から言葉がこぼれていました。
「失ったんじゃないよ」
一体何が違うっていうの? と言いたげにこちらを振り返る彼女。
「テストでもないとなかなか目には見えないけど、ここで勉強してできるようになったこと、たくさんあったね。塾でお出かけ行ったり、いろんなイベントもあって思い出もたくさんできたね」
 
一緒に過ごした時間を辿るような沈黙が、束の間、流れていきます。
 
「だからさ、たくさん得たんだよ。これまでね」
どうかそうであって欲しいという、私の願いのようでもありました。
 
そっか、失ってしまったわけじゃないんだ……自分に言い聞かせるように呟き、明日も会えるからと帰って行った彼女を含め、翌日のお別れ会にはたくさんの塾生が集まってきました。
 
それぞれやってきては、塾のど真ん中に重ねて置いた机を囲むように自由に座り。
普段は通う曜日が違うため、会う機会が無い塾生同士がおしゃべりしはじめました。
その隣では、今日のお目当てだった肉や焼きそばを頬張る塾生がいます。
高校の入学式後、家に帰る時間も惜しいと制服姿でやってきた昨日の女の子も、席につきました。
飲み物だけ持ってきてねと伝えていたのに、持ってきていない人に「え、持ってきてないの?」と言ってお茶を渡しながら、この光景、なんだか「家」みたいだなと思うのでした。
 
「マイホーム」だったんです。
うちの子にとっていつまでも、いつまでもある場所だと思ってたんですよ。
つい最近、保護者の方に言われた言葉でした。
 
もう、ここに来て勉強できないもん。
昨日女の子に言われた言葉も浮かんできました。
 
自由に、ワイワイ盛り上がる塾生達を目の前に、少しだけ寂しさが覆うのを感じていました。
 
お腹が満たされた塾生達にカードゲームをいくつか渡すと、誰が言うでもなく当たり前のように「みんなでできるもの」を選んで、全員でゲームを始めました。
最後の日に初めて会話をしている人を見かけたり、ときには輪の中でドット笑いが起きるのを、少し離れた場所から見ていました。
 
学校も学年も違う。
私の塾に通わなければ出会わなかった子ども達同士。
同じゲームをしていても、積極的に話す人、周りのやりとりを楽しそうに聴いている人、それぞれ好きに過ごす不思議な空間ができていました。
塾を始めて11年間、私と子ども達が一緒に作ってきた空間も、今日が最後です。
 
楽しい時間の最後には、なぜか一抹の寂しさが心に生まれる、それは祭りのようでした。
イベントの終わりの時間になっても、祭りを最後の最後まで楽しむようにゲームを続けていました。
誰も今日が最後だと口にしない、けれど分かっているとでも言うようでした。
 
数ある塾の中からこの場を選んでくれた子ども達にとって、閉塾の選択をしたことで「失わせてしまう」のだろうか、と自分に問いかけました。
 
楽しそうにしている塾生達を見て、祭りの後になんとなく寂しくなってしまうのは、祭りの時間が楽しかったからだなと思いました。
 
楽しかった、だから寂しくて。
素敵な時間を過ごせた、だからその時間が終わってしまうのが名残惜しくて。
 
子どもにとって、勉強する場であり勉強させられる場である塾でありながら、子ども達に楽しい記憶の1ページを刻めたのなら、私がやってきた11年も決して悪いものではなかったと言えるかもしれません。
 
塾が今日でお終いであることは変わりないけれど、ここで学んできた時間は消えることはないのだと気が付きました。
今日をかぎりに会う機会がなくなり、絆が薄くなったとしても、ここでみんなで楽しい思い出を作った事実も消えないのだとも気が付きました。
 
「さて、そろそろお開きにしましょうか」
声をかけながら、私は最後の最後まで子ども達の姿に教えてもらってばかりだったなと思うのでした。
 
そんな余韻に浸る間もなく、祭りの最後の思い出にと言わんばかりに、帰り際、塾の本や塾の椅子、中には机を持って帰る塾生に驚かされながら、たくさんの子ども達にとって素敵な場所であれたのだと考えさせられたのでした。
 
本を何冊もカバンに詰め込んだ昨日の女の子が「お世話になりました」と手紙を渡してくれました。
手紙を受け取ったこと以外は、普段の塾の帰りと変わらない別れでした。
 
塾生達を見送ったあと手紙を開き、美しい字が並んでいるのが目に飛び込んできてハッとさせられました。
「字を綺麗に書きましょうね」
と塾でよく注意していたけれど、考えながら問題を解くのに必死だったのだと、今更ながら気がついたのでした。
 
7年間の感謝と、塾で過ごせたことで得られた時間や思い出を大切な宝物にしながら、高校生活を過ごします、とありました。
 
7年前、まだ小学生で小さかった姿を思い浮かべながら、彼女の成長を感じました。
そして、その言葉は枯れない花束のように美しく、きらめきながら私の心に残りつづけるのでしょう。
 
 
 
 
***
 
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2024-04-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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