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育休中に、2歳の娘と丸一週間歩いてみた母の話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:K子(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「ママいや! パパがいい!!」
次女が産まれる直前に、長女は2歳になった。
その頃、長女の私への信頼は地に落ちていた。
この1年間、楽しい思い出の隣に居たのはいつもパパだったからだ。
 
長女が1歳を迎えてすぐに私はフルタイムで仕事に復帰した。
仕事と育児の最低限やるべきことをこなすだけで精一杯だった私に、追い打ちをかけたのが次女の妊娠だった。
長女の妊娠のときには一切なかったつわりを初体験した。
平日は最低限の仕事をするだけ。休日も長女に構う余裕はなく、夫に長女を連れて外出してもらいベッドに横になる日々だった。
公園もテーマパークも、長女のデート相手はいつもパパだった。
 
つわりがあけると、あっという間にお腹は大きくなった。
イヤイヤ期真っ最中の長女に「抱っこ! 抱っこ!」と何度もせがまれた。
そんな長女に、スーパーヒーローのように手を差し伸べるのはいつもパパだった。
 
その結果、2歳の1年間で長女はパパが大好きになった。
食事を手伝おうとすると「パパがいい!」
お風呂に入るのも「パパがいい!」
寝かしつけをしようとすると、もちろん「パパがいい!」
 
赤ちゃん時代に母乳という最大の武器のおかげで圧倒的な地位にいたはずのママは、あっという間に彼女にとっての2番手に格下げされてしまった。
 
 
このままでは、まずい。
次女の育休で仕事を休むこの1年が、長女からの愛と信頼を取り戻すラストチャンスだと思った。
 
どうやって再び長女との距離をつめるべきか。
悩んでいたときに、目に止まったものがあった。
それは、机に置かれたAirpodsのケースだった。
長女が産まれた頃から、夜泣きをなだめる最中に音楽やYouTubeの音声で耳から私を慰めてくれた大切な相棒だ。
 
そうだ! スティーブ・ジョブズだ!!
私は相棒のAirPodsの産みの親を、頭に浮かべて「これだ」と思った。
 
彼がよく使っていたという『Walking Meeting』という方法を思い出したのだ。
それは名前の通り、歩きながら行う会議だ。
身体を動かしながら会話することで脳が活性化し、新たな視点を得ることができるらしい。
パパで頭がいっぱいになった長女も、歩きながら話せば、視点を新たに再び私の良いところを見つけてくれるかもしれない。
 
自宅から保育園までは700メートル。
この距離を、次女の新生児期が終わってから育休が終わるまでのおよそ10ヶ月間、毎日毎日、長女と一緒に歩いて帰ることにした。
 
自転車なら5分、大人が歩くと15分で済むこの距離は、長女と歩くと50分かかる。
私は知らなかった。
2歳の子供が、まっすぐ目的地まで歩いてくれることは奇跡に近いことを。
道に落ちてる石ころは全部宝物だし、パーキングのストッパーは全部またいで飛ばないと気がすまない。
 
何度も「もう帰ろうよ」という言葉がため息と共に出そうになった。
でも、ぐっと飲み込んだ。
私は心に決めていたのだ。
この50分だけは、長女の楽しい気持ちにストップをかけず、気が済むまで見守ることを。
次女の妊娠中、満足に過ごせなかった長女への時間をこのWalking Meetingに費やすつもりだった。
 
猛暑の夏は、ベビーカーに乗る次女を扇風機で冷やしながら歩いた。
雨の日は、カッパを着せて足元をドロドロに汚しながら毎日毎日歩いた。
長女が転んで泣くたび、しゃがんで目線を同じ高さにして「いたいのいたいのとんでいけ」の魔法をかけた。
 
そして春が近づき少しあたたかくなったある日、歩きながら長女がぽつりと呟いた。
3歳の誕生日を1週間後に控えた頃だった。
 
「ママ、3歳になっても、ぎゅってしていい?」
 
共に歩き続けた日々の中で、長女は母の優しさを思い出したのだろうか。
昨年の5月に歩き始めた頃には、「お迎えも、パパがいい!」とそっぽを向いて繋いでくれなかった小さな手は、そのとき確かに私の右手をぎゅっと握っていた。
 
「もちろん、いいよ」
 
小さな手を握り返して、私は心の中で叫んだ。
ありがとう! スティーブ・ジョブズ!!
長女の愛と信頼を、どうやら取り戻すことができたようだ。
 
そして新たな視点を得たのは、長女だけではなかった。
毎日歩いた50分で、私は今まで見逃していた長女の成長を山程見つけた。
手を繋がないと怖くてできなかった花壇からのジャンプが、ある日突然できるようになった。
自販機に向かって、大きな声で「ありがとうございました」と頭を下げてお礼を言えるようになった。
初めて買った長靴で、雨上がりの水たまりに入る楽しさを知った。
それは、まっすぐ目的地まで歩けない娘にしびれを切らして自転車に乗ってしまったら気付けないことだっただろう。
 
私達のWalking Meetingは、AirPodsのような革命的なツールが生まれる時間ではなかった。
しかし、1年間で空いてしまったお互いの溝をゆっくりと埋めていくとても暖かな時間だった。
 
毎日50分。
10ヶ月、平日歩き続けると10,000分=167時間=約7日。
私は育休中に丸一週間、2歳の娘と歩いた。
そしてその旅は、私の職場復帰に合わせてまもなく終わりを迎えようとしている。
 
この4月からは、次女も長女と同じ保育園に通いだし、毎日二人を乗せて自転車で送迎することになる。
仕事と育児の必要最低限をこなすだけで手一杯の毎日が、またやってくるのだ。
そんな日々の中で、再び私が彼女たちからの愛と信頼を損ねることがあるかもしれない。
 
そんなときは、ふらっと一緒に外に散歩に出かけようと思う。
背が伸びて、いつのまにか腕を下に伸ばさなくても楽に手をつなげるようになった娘たちと歩くのだ。
私はきっと、そのときまた一回り成長した彼女たちに出会えるのだろう。
 
親、パートナー、子供。
あなたも、いつのまにか大好きなはずの身近な人の良いところが見えづらくなっていることがあるかもしれない。
そんなときは、肩を並べてただのんびり歩いてみるのはいかがだろうか。
 
そのとき見つける新たな視点が、あなたが大好きな人をもう一度見つめ直すきっかけになるかもしれない。
 
 
 
 
***
 
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2024-04-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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