「アンパンマン」より「のび太くん」みたいな母になりたい
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記事:K子(ライティング・ゼミ2月コース)
私には、2人の祖母がいる。
これは極めて普通なことだと思う。
普通でないのは、その2人の祖母が今「同じ家」に住んでいるということである。
『明石のおばあちゃん、一緒に住むことになりました』
1年前のある日、一通のメッセージが私の実家の家族LINEに入った。
それは父から届いたものだった。
父は婿養子という形で、母の実家に籍を入れている。
住居も、元々は母方の両親の家だったものを建て替えて住んでいた。
祖父は早くに亡くなり、私と姉が社会人になって一人暮らしを始めてからは、父と母、そして母方の祖母が3人で暮らしていた。
その家になんと、父方の祖母がやってくるというのだ。
こちらの祖母も早くに祖父を亡くしてからはずっと明石で一人暮らしをしていた。
しかしいよいよ齢90歳を超え、年齢相応の物忘れや足腰のがたつきで日常生活に支障が出てきたようだ。
『おばあちゃんにとっては良いと思うけど、お母さんは大丈夫?』
『お母さん、無理しないようにね』
ほぼ同時に、私と姉が返信をした。
母方の祖母も高齢で、介護認定を受けている。
父は平日の日中は仕事で家の外に出ていることが多く、実際の介護の負担は母にかかることが予想できた。
90代2人の介護と、結婚生活はじめての姑との同居。
そんな一大事を迎える母のことが心配だった。
『大丈夫大丈夫、適当にやるから』
母はそのときは明るくこう返してきた。
しかし、やはり私と姉の心配は間違っていなかった。
『お母さん、結構イライラしてる』
父方の祖母が実家に暮らし始めてしばらくたって、姉から個人LINEで私にメッセージが届いた。
実家の近くに住む姉は、母を心配して頻繁に様子を見に行っていたようだ。
やはりか、と思った。
結婚して何年経っても、嫁と姑というのは中々相容れないものなのだろうか。
2人目を出産した直後で外出を控えていた私も、心配になって実家を訪ねることにした。
「いらっしゃい、あ〜かわいい! 家の空気が若返るわあ」
生後2ヶ月になる次女を連れて実家に入るや否や、嬉しそうに出迎えてくれた母は少し疲れているように見えた。
普段は平均年齢75歳超えの家で、0歳の赤ちゃんはまさにどんよりした空気を刷新する清浄機のような存在に感じられたのかもしれない。
「おばあちゃんたち、どんな感じ?」
そう尋ねたとき、ちょうど後ろから父方の祖母が昼食を食べ終えた食器を持って現れた。
「ごちそうさま」
「お義母さん、持ってきてくれたのね。ありがとう〜」
そう言って笑顔で食器を受け取る母。
てっきり介護と嫁姑バトルの二重奏でバチバチに燃えていると思っていた2人の関係性は、意外にも良好に見えた。
「ほんっとにもう、全然持ってこないんだから!」
そしてにわかにイライラしはじめた母の怒りの矛先は、まさかの母方の祖母だった。
その後も母の口からは、食器を持ってこない、洗濯物を取り入れない、ずっとテレビを見て横になってばかりいるなど一貫して母方の祖母に対する愚痴が漏れていた。
嫁姑バトルではなく、まさかの親子(母娘)喧嘩が起こっていたのだ。
母のイライラの意外な原因を不思議に思いながら、その日は帰宅した。
帰宅してすぐに、保育園に長女を迎えに行った。
家につくなり、最近娘がドはまりしているアンパンマンの絵本を読んでほしいとせがまれた。
その本は、バイキンマンにちょっかいをかけられたアンパンマンが一度はピンチに陥るも、またパワーアップして結局は勝利するというお決まりのストーリーだ。
私はもう全ての台詞を暗記するほど読み聞かせた絵本だが、娘はいまだに毎回アンパンマンがピンチになる場面で「嘘でしょ? アンパンマンが負けちゃうの?」とハラハラとした顔をしてくれる。
2歳児ってなんて素直で可愛いんだろう、と思いながら、気づいたことがあった。
そうか、『スーパーヒーロー』が負けそうになるから、ハラハラするんだ。
娘にとって、アンパンマンは強くて、優しくて、お腹が空いたら美味しい顔を分け与えてくれるスーパーヒーローだ。
脇役がピンチになろうと気持ちは何もざわつかない。
しかし、絶対に何にも屈するはずのないスーパーヒーローが負けそうになるから不安になるのだ。
子供にとって『母』という存在は、まさにスーパーヒーローなのかもしれない。
子供時代は泣けば必ず駆けつけてきてくれ、思春期の反抗期はそっと優しく受け止めてくれて、社会人になってからも人生の悩みが出るたびに励ましてくれた。
いま私の母は、そんなかつて自分のスーパーヒーローだったはずの『母』の頼りない姿を見て、思っているのだろう。
「嘘でしょ? 私のスーパーヒーローが老いに負けちゃうの?」と。
その胸のざわつきは、人生の中盤で現れたいわば脇役である義母に対して抱くハラハラ感とは比較にならないものなのかもしれない。
そんなことを考えて少しぼーっとしていると、膝の上で「ママママママ! お腹へった!」と長女が騒ぎ出した。
すぐさま晩御飯の支度を始めながら、思った。
私にも近い将来、かつてのスーパーヒーローだった自分の母が老い、ハラハラしてしまう日がくるのだろうか。
そして更に遠い未来、自分が老い、娘たちにハラハラされてしまうことがあるのだろうか。
「早く!」と娘に急かされながら、呟いた。
「ごめんごめん、でもママだって出来ないことは一杯あるよ〜助けてよ〜お皿取りに来てくれる?」
いつかの日に備えて、私は『スーパーヒーロー』ではない部分も娘達に存分に見せていきたいと思う。
アンパンマンではなくドラえもんののび太のように、「できないよ〜助けてよ〜」と弱みを見せられる母でいたい。
そんな母の情けない姿が、遠い未来に娘達のハラハラ感を減らすのに少しは役立つかもしれない。
***
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