母が教えてくれた釣りと人生の秘訣
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記事:義永 直巳(ライティング・ゼミ2月コース)
「ちょっと釣りに行ってくるわ」
夕方6時頃、今年80歳になった母が私に言った。
「え? お母さん、釣りに行くの?」
「ちょっと行ってくるわ。すぐ帰ってくるし。今日は潮が引きすぎているから、あんまり釣れへんかもしれへん」
そう言いながら、ササっと用意をして出かけて行った。80歳にして何とも身軽だ。
そして小一時間して母は帰ってきた。
何と、アジを20匹くらい釣り上げて帰ってきたのだ。
「久しぶりやったけど、釣れたわ」
バケツの中には大きめのアジがピチピチと跳ねていた。
それは当然、私たちの夕ご飯のおかずになった。
ゴールデンウィークの帰省中、思わぬ母からのプレゼントだった。
アジは薄造りにしてもらった。脂が適度にのってとても美味しかった。釣れたてのアジは鮮度抜群。ここでしか味わえない味覚だった。
母と夕食を囲みながら、今でも釣りをしているのかと聞くと、母は久しぶりに行ったのだと言う。何年振りかに釣りに行ったと話していた。父が入院してからは行ってないと言うので、5年くらいは行ってなかったのだろう。
父は4年前の5月に他界した。その父を母が最期まで家で看取った。
父は5年前に胆管にガンが見つかった。その後、手術をしたが、術後は食欲が激減しかなり体力が落ちた。退院後は、自宅で療養しており、その父を母がずっと世話をしていた。
ちょうど、4年前のゴールデンウィークは、帰省して父の介護を手伝っていたことを思い出した。ゴールデンウィークの休み中は、父と過ごせる時間はもう長くないだろうと思っていたが、父は食事も少しだけれども自分で食べられていた。トイレも自力でベッドから降りて行こうとしていた。ゴールデンウィークが終わり、もうしばらくは大丈夫だろうと思い、一旦、自宅へ帰ったが、その翌日、父の容態が悪くなったと連絡があり、職場へ出勤する足を実家の方へ向けた。何とか間に合ってほしいと祈るような気持ちで、誰も乗っていない電車で実家へ向かった。ちょうどコロナ禍で電車で移動する人はほとんどいなかったのだ。そして、私が家に到着した時に一瞬目を覚まし、再び深い眠りについた。そして、その日の夕方、父は家族や孫、曾孫らに見守られて旅立っていった。
そんなことをふと思い出しながら、アジの薄造りをいただいた。
アジの薄造りは父の好物だったようだ。
母は釣りが好きだ。それに釣りがめっぽう上手い。何年か前に、母と一緒に釣りに行ったが、隣でガンガン釣っている母を横目に、私は何も動かない自分の釣竿をじっと見ていた。同じ場所で釣っているのに、どうしてこうも差があるのだろうと、ちょっと悔しい気持ちになっていた。あんなに釣れたら面白いだろうなと思いながら。
当時、母は、ほぼ毎日釣りに出かけていた。雨や風が強い日は流石に出かけてなかったようだが、夏でも冬でも暑さ寒さに関わらず、日課のように夕方になると釣りに出かけていた。最初は父と一緒に行ってたのだが、父が膝を痛めた頃から、母一人で釣りに出かけるようになったようだ。
釣りのターゲットはアジだ。道具は、サビキ仕掛けの鈎の根本に擬似餌が付いており、釣糸の先についているカゴの中にアミエビを入れて海に投げ入れる。鈎は釣糸に5〜6個付いており、全ての糸にアジがかかると、5匹くらい同時に釣り上げることができる。
母に釣りのコツを聞いてみたところ、竿を上げるタイミングだと言われた。一寸早くても遅くてもダメだと。それは自分でコツを掴むしかないと言うのだ。これは一朝一夕にできることではないと言うことを思い知った。
先日、母と釣りの話をしていた時、母が、「あの頃は毎日釣りに出かけていたけれど、毎日釣れるという訳ではなかった。ボウズ(1匹も釣れない)の日もあった。そんな時は、お父さんが『お母さん、魚にまず餌をやっておかんと釣れへんで。今日は魚に餌をあげてきたと思ったらええやんか』と言ってくれた」という話をしていた。
釣り名人の母でも、毎回釣れるという訳ではなかったのだということを知った。釣れなくても、父の言葉に励まされたり、今日こそはと思ったりしながら、毎日続けて釣りに行き続けていたのだろう。
何かが上手くなるためには、そのことが好きだということと、何度も繰り返してやっていくことが必要だ。
母も、きっと、最初からそんなに釣れていた訳ではなく、魚釣りが楽しいと思えるようになるまで、何度も釣り糸を海に垂らしては魚のかかり具合を手応えで見極めるようになっていったのだろう。そうして、手の感覚で竿を上げるタイミングを掴むようになったのだ。その傍には父がいて、父と一緒に釣りに行くことが楽しかったのかもしれない。母はそんなことを一言も言わないが、母が釣り名人になったのは、父のお陰も多分にあるのではないだろうか。
何かを根気よく続けるためには、サポーターが必要だ。いつしか父よりも母の方が釣りが上手くなっていったが、その陰には父というサポーターがいたのだろう。陰ながら母を応援していた父の姿が目に映った。
母が捌いて造ってくれたアジの薄造りを食べながら、父も一緒にいるような感覚になった。
私には釣りの醍醐味がまだわからないが、今度実家に帰ったら、母と一緒に釣り糸を垂れながら、母に釣りの手解きを乞うてみるのも悪くはない気がする。
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